「赤い鳥」(鈴木三重吉)①

グレツチエンに戀しているちょっと危ない青年

「赤い鳥」(鈴木三重吉)青空文庫

冷吉は自分が読んだ小説中の
「赤い鳥を逃がして
出て行く女」のことを考えていた。
ある日、家出をした冷吉は、
災難に遭遇し、眼を負傷、
そのまま入院することとなる。
目の見えなくなった冷吉の
隣の部屋に入院している女性は…。

青空文庫で出会った作品です。
鈴木三重吉といえば
児童文学の普及に貢献した人物ですし、
「赤い鳥」といえば
鈴木が創刊した児童雑誌の名称です。
でも、じつは鈴木には
「赤い鳥」なる題名の小説がありました。
これも児童作品だろう、もしかしたら
チルチルミチルの「青い鳥」
向こうを張ったメルヘンファンタジー?
などと勝手な想像をして
読み始めましたが、
まったくちがいました。

その女性は鳥籠に鳥を
飼っているらしいことがわかります。
冷吉はその女性が
「鳥を逃がして出て行く女」であり、
籠の中の鳥が「赤い鳥」であることを
夢見るのです。

なんともはや幻想的な小説です。
彼は一人になったとき、
偶然にも隣の部屋の女性から
話しかけられます。そして
「あなた、
 こちらへ入らつしゃいませんか。
 私のところでおはなしをしませう。
 ね、いゝでせう?」

ところが、このあと何があったのか、
まったく書かれていないのです。
以下の文章には
「冷吉が自分の室に歸つて
 蒲團に這入つたのはもう遲かつた」
「何だか女の髮の匂ひが
 いつまでもふは/\と
 自分を包んでゐるやうである」
「昨夜の事が、
 何か目に變つた徴候を
 來してはゐないだらうか」
という
文言がちりばめられています。

具体的な交流(情交)があったのか?
それともなかったのか?
いかにも何かあったような雰囲気です。
ただしこの冷吉、
空想癖のあるちょっと危ない青年です。
そもそも小説の中の
「赤い鳥を逃がして出て行く女」である
グレツチエンに恋しているのです。
だから視力を失った中、隣室の女性を
グレツチエンに見立てたのです。
見えるようになったときには、
女性はすでに姿を消していました。
女性との交流は
冷吉の空想である可能性も
否定できないのです。

「自分はどうしても赤い鳥を買つて、
 それをあの女の紀念にして
 いつまでも逃がさずに
 飼つて置くのだ。
 それには何だか自分が
 もう目が暗くないのが拙らない。
 もう一度暗い目になりたい。
 暗い何にも見えぬ目をして
 あの女を考へたい。
 さうしていつまでも
 赤い鳥を飼つてゐたい。」

目に見えない幸せを描いた
メーテルリンクの「青い鳥」に対して、
目の見えなくなった冷吉の
幸せな空想を描いた
鈴木三重吉の「赤い鳥」。
おそらく青空文庫でなければ
読むことのできない
昭和初期の怪作です。

※作品中に登場する
 グレツチエンをめぐる小説は
 誰の作品なのか、
 そもそもそうした作品が
 存在するのか、
 鈴木はメーテルリンクの「青い鳥」を
 意識していたのか、
 この「赤い鳥」は
 少年雑誌「赤い鳥」と
 どう関わっているのか、
 興味は尽きません。

(2019.10.16)

Виктория БородиноваによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「赤い鳥」(鈴木三重吉)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA