「赤い鳥」(鈴木三重吉)②

明治文壇の師弟による深遠な往復書簡

「赤い鳥」(鈴木三重吉)青空文庫

冷吉は自分が読んだ小説中の
「赤い鳥を逃がして
出て行く女」のことを考えていた。
ある日、家出をした冷吉は、
災難に遭遇し、眼を負傷、
そのまま入院することとなる。
目の見えなくなった冷吉の
隣の部屋に入院している女性は…。

昨日取り上げた鈴木三重吉「千鳥」
そこから連想されるのは本作品です。

冷吉は彼女の姿を
見ることはできませんでしたが、
彼女と一晩物語ることができました。
翌日彼女は
人知れず退院してしまいます。
このシチュエーションが、
「千鳥」の「自分」と「お藤」に
よく似ているのです。

「千鳥」の自分は神経衰弱のため、
小さな島へと逃れてきます。
本作品の冷吉もやはり
精神から来る頭痛のため
家出をしています。

「千鳥」の「自分」は
たった2日間のみの交流でした。
そしてお藤は
いずこへかと連れられてゆき、
二人は二度とまみえることは
ありませんでした。
本作品の冷吉と女性とは
一夜限りの交わりであり、
その後の彼女の行方は知れません。

「千鳥」の「自分」は
お藤を自らの思い出の中に封印します。
本作品の冷吉もまた、
一晩の女を自分の記憶の中に
固定しようと試みます。
「自分はどうしても赤い鳥を買つて、
 それをあの女の紀念にして
 いつまでも逃がさずに
 飼つて置くのだ。
 それには何だか自分が
 もう目が暗くないのが拙らない。
 もう一度暗い目になりたい。
 暗い何にも見えぬ目をして
 あの女を考へたい。
 さうしていつまでも
 赤い鳥を飼つてゐたい。」

「千鳥」は三重吉の処女作、
1906年の発表です。
本作品はその5年後の
1911年に発表された作品なのです。
「千鳥」が孤島の情景と相俟って
素朴な印象を受けるのに対し、
本作品はヨーロッパのテイストが薫る
ミステリアスな雰囲気に
仕上がっているのが大きな違いです。
しかしながら僅かな間に出会った
初恋となる女性を、永遠のものとして
昇華させようという点において、
両作品の主人公の願いは
完全に一致するのです。

三重吉の「千鳥」にインスパイアされて
漱石は「文鳥」を書き上げ、
師匠のその作品に感化されて
三重吉が自身のデビュー作を
さらなる高みへ発展させた。
そう考えることも可能です。
師・漱石とその徒弟・三重吉の
「鳥」いや
「初恋の女性」にまつわる三作品、
「千鳥」「文鳥」「赤い鳥」。
明治文壇の師弟による
深遠な往復書簡のようにも思えます。

(2019.10.17)

【青空文庫】
「赤い鳥」(鈴木三重吉)
「千鳥」(鈴木三重吉)
「文鳥」(夏目漱石)

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