「煙管」(芥川龍之介)

三忠臣VS坊主宗俊の心理合戦

「煙管」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集1」)ちくま文庫

加賀藩主前田斉広のお気に入りは
金無垢の煙管。
ある日、城の坊主宗俊が
その煙管の拝領を願い出る。
快く手放す斉広。
しかし忠臣たちは
財政上の不安から、
次の煙管を銀で造らせる。
そこから斉広の三忠臣と
宗俊のかけひきが始まる…。

人間の心理の妙を描かせれば、
芥川の右に出るものはいない。
本作品も、煙管を素材として
人間の心理合戦のようすを
描いたものです。

斉広が金の煙管を愛用しているのは、
煙草が好きだからではなく、
それによって自分の権力を
誇示できるからなのです。
「彼は、加州百万石が
 金無垢の煙管になって、
 どこへでも、持って行けるのが、
 得意だった」

その斉広の心理を読み取っていたのが
宗俊なのです。

だから斉広は金の煙管を手放しても、
そのことに満足できたのです。
「彼の虚栄心は、
 金無垢の煙管を
 愛用する事によって、
 満足させられると同じように、
 その煙管を惜しげもなく、
 他人にくれてやる事によって、
 更によく満足させられる」

ここは宗俊見事勝利です。

斉広の三忠臣は考えます。
坊主たちが欲しがらないように
銀の煙管にしてしまえ、と。
しかし、三忠臣は
人間の心理を読み違えました。
金では恐れ多いと
遠慮していた坊主たちが、
銀ならば遠慮はいらぬと、
一斉に拝領に願い出たのです。
ついには斉広から
「金に戻せ」と言いつけられる始末です。
無念、三忠臣はまたも敗北します。

斉広の煙管は
ある日、金色に変わります。
周りの坊主はどうせ真鍮だろうと
相手にしませんが、
宗俊は、「真鍮と見せて、
実は金無垢を持って来たんだ」と
再び拝領を願い出ます。
ところがこれはやっぱり真鍮。
宗俊ここで痛い一敗を喫します。

以後、斉広の金色の煙管は
真鍮であるという話が広まり、
だれもそれを欲しがりません。
でもそれを見越して、
2本目以降は実は金無垢。
三忠臣、最後に帳尻を
合わせるかのような一勝を挙げます。
三忠臣VS宗俊の心理戦は
お互い二勝二敗の引き分けとなります。

ここで一人、損をしているのは
斉広当人です。
誰一人として金無垢の煙管を
欲しがらないものだから、
「百万石の勢力が、
 この金無垢の煙管の先から出る
 煙の如く、他愛なく
 消えてゆくような気がした」

やはり芥川の短編は
切れ味の鋭いものばかりです。
短い時間の読書にお薦めです。

(2019.10.23)

Capybara0019さんによる写真ACからの写真

【青空文庫】
「煙管」(芥川龍之介)

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