対立軸がぶれ、その境界すら曖昧になる国・日本
「煙草と悪魔」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集1」)ちくま文庫

渡来した宣教師たちに混じって、
悪魔も日本にやってきた。
しかし切支丹がいなければ
誘惑もできず、
悪魔は仕方なしに畑を耕し、
煙草を植えていた。
煙草の花が咲いた頃、
洗礼を受けた牛商人が
悪魔の畑を通りかかり…。
芥川の「切支丹もの」と呼ばれる
作品群の一つであり、
最も早い時期に創作された作品です。
ここで芥川は
煙草を日本に伝えたのは
悪魔であるという
珍説を披露しています。
「畑の植物の名を答えられたら
この植物をすべて与える。
答えられなかったら
お前の体と魂をもらう」という約束を、
悪魔は牛商人と交わすことに
成功します。
すでに洗礼を済ませているために
約束を違えるわけには
いかない牛商人は、
知恵を絞ってその賭に勝利し、
見事煙草を手に入れます。
何かプッチーニのオペラ
「トゥーランドット」を
彷彿とさせる筋書きですが、
注目すべきはその本編よりも、最後に
付け加えられている部分でしょう。
「悪魔は、牛商人の肉体と霊魂とを、
自分のものにする事は
出来なかったが、
その代りに、煙草は、
洽く日本全国に、
普及させる事が出来た。
して見ると牛商人の救抜が、
一面堕落を伴っているように、
悪魔の失敗も、
一面成功を伴って
いはしないだろうか。」
確かにその通りです。
そこで本編を振り返ると、
面白いことに気付きます。
悪魔が汗水垂らして畑を打つなど、
悪を遂行するために
結果的に善を為している様子が
描かれている一方、
神の名に誓った約束を守るために、
悪魔の畑を荒らすという蛮行を、
善良な牛商人に行わせているのです。
西洋では「神」と「悪」は
はっきりとした対立軸をもって
存在しているのですが、
この日本という国に
足を踏み入れるやいなや、
対立軸がぶれ、
その境界すら曖昧になってしまうと
いうことなのでしょう。
それはどうやら
芥川の創作の世界だけでは
なさそうです。
他人のたばこの煙を吸わされる
受動喫煙対策を強化する
健康増進法の改正が成立するまで
相当な時間がかかりました。
欧米では明確に有害なものとして
認知されている煙草ですが、
日本では
「経済活動を活発にする」善の部分が
数多くの国会議員によって
強く認められているのです。
先を見る目の鋭い
芥川を賞賛すべきか、
世界の時流に疎い
国会議員の方々を嘆くべきか。
この境界も曖昧です。
(2019.10.23)

【青空文庫】
「煙草と悪魔」(芥川龍之介)