骨食殻食が表す男女の関係性
「骨の肉」(河野多惠子)
(「骨の肉」)講談社文庫
女は、男の残した
荷物の処置に困惑していた。
男に荷物を引き取るよう
連絡する気持ちも持てない。
捨てるのも送るのもいや、
連絡をもらうのもいや。
女は、男の荷物も、
自分の荷物も、その場所も、
すべて焼失して欲しいと願う…。
何とも凄まじい小説です。
新しい生活へと去って行った男の荷物。
とっとと捨ててしまえば
済む話なのですが、
それができないばかりに、
荷物にのしかかられている感覚に
悩まされている女の話なのです。
でもここまでは作品の前半部分。
後半では、男の残していった
もっとやっかいなものについて
描かれています。
それは女の特殊な味覚、
「骨食」「殻食」です。
男はローストチキンなどの骨付きの肉、
あるいは牡蠣などの殻付きの食材が
大好物。
女は男の食べたあとの
骨の髄をしゃぶるのや、
殻に剥がれ残っている薄肉や貝柱を
こそぎ食す味覚に魅せられたのです。
その骨食、殻食の描写が強烈です。
「フォークの先が漸く
白い肉のかけらを得て、
女の唇にそれを擦りつけた。
女は自分の唇がその肉のかけらを
しっかり挟んで離したがらず、
舌は一時も早く
自分の番になりたがって
立ち騒いでいるような気がした。
唇と舌とがまた肉のかけらを
奪い合うのをじっと味わった。」
「磯の水々しさと香と味とを
感じ占めるなり、
女は今しがたの味わいを
奪い合おうとする口中の部分が
幾十もあるように感じた。
揉み合いのはげしさからすると、
そうらしかった。
口中の幾十もの部分が
満たされた歓びに
一斉にどよめいているようにも
感じられた。」
男が去って、
こうした骨食殻食ができなくなり、
女は衰弱していきます。
他のものを口が
受け付けなくなったのです。
これが作品の後半部分なのです。
骨食殻食は、おそらくこの男女の
関係性を象徴的に表しています。
男が肉を食い、女が骨を喰う。
それぞれがちがうものを求めながらも、
一対で一事が完結する完璧な関係性。
それでいながら、
男は女がいなくても目的は達成され、
女は男がいなくては
欲求を満たすことができないのです。
骨食殻食は、
さらには官能の描写なのでしょう。
女は男に対する未練、
それも自覚できない未練の結果として、
男の残していったものに抑圧され、
味覚を満たせず、
すべてを焼き捨てることを願うのです。
最終場面はさらに衝撃的です。
読み終えた後に目を閉じると、
炎に包まれた女の、
それも安らかな笑顔が浮かんできます。
言い表すことのできない
エネルギーを内包した問題作。
河野多惠子、おそるべし。
(2019.10.31)