「山椿」(山本周五郎)

これこそ人情物語の王道です

「山椿」(山本周五郎)
(「百年文庫002 絆」)ポプラ社

作事奉行梶井主馬は
きぬと結婚するが、
きぬは夫を頑なに拒み続ける。
ある夜、
主馬が部屋の襖を開けると、
きぬは夜具の上に座り、
懐剣を抜いていた。
きぬには思いを寄せた男があり、
その男の才能を
信じているのだという…。

新婚から70日以上も
拒否されても我慢し続け、
意を決して忍び込むと
自害しようとするのですから、
いかに寛容な夫でも
たまったものではありません。
もちろん、
きぬには理由がありました。

結婚前、きぬは
榎本良三郎という男に
思いを寄せていた。
良三郎は怠け者で
身持ちがよくないという
噂があるものの、
きぬは彼の才能を信じた。
やがて二人の仲は母親に発見され、
引き離される。
その母も亡くなり、
父親が縁談を急いだのだという。
主馬はきぬに
遺書をしたためさせる…。

主馬はきぬが思い続けた
良三郎という男が気になり、
彼を自分のもとで使おうと考えます。
しかし、良三郎は噂どおりの男。
憤慨した主馬は、
良三郎を殴り倒したあと、
きぬの遺言を彼に読ませます。
後を追って自害しようとする
良三郎の脇差しを止めながら、
主馬は諭します。
「あの人は榎本良三郎の
 ゆくのを待っている、
 然しこんなみじめな榎本を
 待っていやあしないぜ、
 証拠をみせろ、それまでは
 石に囓りついても死ねない筈だ」

それから二年間、
良三郎は見事に力を発揮します。
御殿改築の仕事を
無事に成し遂げた主馬と良三郎は、
きぬの墓のある寺へと向かいます。
そこで迎えるラストシーン、
感動です。
多分そうだろうなと
その先が予想できるにもかかわらず、
涙腺が緩みっぱなしになります。

「信じただけだよ、
 信じられるくらい
 人間を力づけるものはないからね、
 彼は自分で立ち直ったんだよ」

主馬の言葉がすべてです。
叩き直すのではなく、
信じて待つ。
人間再生の物語を読むと、
いつも心が洗われる思いがします。

作者山本周五郎の素晴らしいのは、
単に良三郎の人間的成長と
きぬの幸せを描いた物語で
終わらせていないことなのです。
この一件で、主馬も変わります。
「以前の彼には、
 合理的なこと、
 計算し統計にとれるもの以外は
 興味がもてなかった、
 けれども今はもう違う、
 彼はどうやら憩いの味を知った」

そして主馬には
幸せな結末を迎えさせるのです。

登場人物すべてに幸せな明日を
与えることのできる作者・山本周五郎。
これこそ人情物語の王道です。

(2019.11.3)

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