「置土産」(正岡容)

忘れても俺の芸の皮なんぞ真似しなさんな

「置土産」(正岡容)
(「百年文庫004 秋」)ポプラ社

両親を亡くし、
師匠とも死別した
若い講釈師・万之助。
彼に声をかけたのは
人・如燕師匠。
秘伝の「百猫伝」を
教えるという言葉につられ、
家を訪ねると、
そこはボロ家で老婆が一人。
そうこうしているうちに
借金取りがやってきて…。

若い万之助さん、
苦労の始まりです。
師匠の借金を肩代わりする。
脳溢血で倒れた婆さんを看取る。
その間、師匠は
現れたかと思うと姿を消す。
寄席に出演するかと思うと、
客が少なければ臍を曲げ、
客が多ければやりにくいと小言を言い、
結局はすっぽかしてしまう。
その尻ぬぐいをすべてさせられる。

いよいよ「百猫伝」を
教えてくれるかと思うと、
酔いつぶれる、行方をくらます、
気が変わって別の演目に切り替える。
教えてやる、教えてやる、と言いながら、
一向に教えてくれる気配がないのです。

今日のオススメ!

正式な内弟子でもなく、留守番でもなく、
居候でもない不思議な立場のまま、
万之助は如燕師匠の家に
住み込むのですが、
ハチャメチャな師匠に
振り回され続けです。
天才と呼ばれる人物は、
およそはた迷惑な人間が多いのです。

でも、如燕師匠は
紛れもなく本物の天才でした。
万之助に教えたことは…
「芸ってやつはな、
 所詮一人々々の魂の中に
 別々に活きてかがやくものなんだ。
 お前はお前でなけりゃいけねえ。
 忘れても俺の芸の皮なんぞ
 真似しなさんな。
 そうして取るなら俺の……
 俺の肉の方を根こそぎ取って。
 分ったか。
 なあ、万之助さん分ったなあ」

7匹の猫を演じ分ける様は、
圧巻としかいいようがありません。

教える、教えるといって、
一向に教えなかったのは、
表面的なものを真似るだけで
終わらせたくなかったから
なのでしょう。
事実、万之助は
途中から教わることを諦め、
師匠の芸を見て盗むことに
切り替えています。
この如燕の姿勢こそが
教えることであり、
この万之助の取り組みこそが
学ぶことなのです。

誰も真似できないといわれた
「百猫伝」の真髄を万之助に伝授した後、
師匠はこの世を静かに去ります。
命つきる間際に引き継いだ
万之助の決意が
何ともいえなく爽やかです。
「やりますよ、やりますとも。
 教えていただいたあの猫を、
 吃驚するような
 大きな猫に成長させて、
 都の大空を天翔ります!」

澄んだ秋晴れの空のような
余韻を残して物語は終わります。
正岡容(まさおかいるる)。
本書で初めて知りました。
日本文学はまだまだ奥が深い!

〔正岡容について〕
正岡容は、1904年12月20日生まれ、
1958年12月7日没。
作家であり、落語・寄席研究家という
移植の文筆家です。
歌舞伎役者の六代目尾上菊五郎の
座付作者ともいわれています。

〔正岡容の作品について〕
多くが絶版となっているのですが、
昨年(2018年)、
作品集が編まれています。
「月夜に傘をさした話」です。

文庫本で
「圓太郎馬車 正岡容寄席小説集」が
出版されていましたが、
絶版となっています。

古書を探せば、以下のものは
入手が容易かと思われます。

〔「百年文庫004 秋」収録作品〕

(2019.11.4)

IORIさんによる写真ACからの写真

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