カフカの作品は読み手の安易な共感を拒みます
「断食芸人」
(カフカ/山下肇山下萬里訳)
(「百年文庫011 穴」)ポプラ社
檻の中で藁の上に座り、
40日間の興業中、
一切の飲食をせずに
ただ座り続ける。
かつて人気を博した断食芸人も、
時代が変わり、
誰も見向きもしなくなった。
断食芸人は新天地を求め、
ある大きなサーカス一座へ
身を寄せるが…。
世の中に
いろいろな芸があるものですが、
この「断食芸人」は
カフカの想像の産物などではなく、
19世紀末のヨーロッパに
実在した興業なのだそうです。
サーカス一座へと移籍した彼は、
動物小屋への通路の一角に
断食芸用の檻をもらいます。
無制限に断食を続ける
許可をもらった彼は…、
そのまま忘れ去られるように絶命し、
檻の中の藁共々葬られるのです。
何という絶望の深さ。
何か大きなどんでん返しを
期待して読み進めると、
あっさり裏切られます。
この小説の真意は何か?
やはりカフカの作品は
読み手の安易な共感を拒みます。
鍵を握っているのは
絶命前に彼が支配人に残した言葉。
「美味いと思う食べ物が
見つからなかったからなんだ。
見つかってさえいればな、
世間の注目なんぞ浴びることなく、
あんたやみんなみたいに、
腹いっぱい食べて
暮らしていただろうと思うけどね」。
彼にとって断食芸の選択は
必然性があったのです。
それをしなければ
自分の尊厳を保つことが
できなかったのでしょう。
以前の興業主のもとでは
40日間の制限付きであり、
自分の能力を十分に発揮できなかった。
そのため大サーカスに移籍するも、
支配人・観客ともに
その価値を認識できなかった。
彼は人間としての生き方を
認めてもらうことができなかったという
ことなのでしょうか。
誰にも認められることのない生き方。
それは著者・カフカのそれと似ています。
現在でこそ
20世紀を代表する作家として
世界的にその名を知られていますが、
彼の生前に発表された作品は
「変身」をはじめとする数点のみです。
カフカもまた、
認められることなく世を去った
(しかも41歳という若さで!)人間の
一人なのです。
断食芸人の去った檻には、
新しく若い猛獣・豹が入れられます。
豹は躍動感に満ちた肉体で、
観客を魅了します。
与えられたものは何でも喰らい、
その身体から生命のエネルギーを
放射しているかのようです。
断食芸人の
対極にあるものとして想定された
獣を最後に描出し、短い小説は
深くやるせない読後感を残して
幕を閉じます。
(2019.11.10)
【青空文庫】
「断食芸人」(カフカ/原田義人訳)
※本書とは訳者が異なります。