妙子が映し出した価値観の崩壊と転換
「細雪」(谷崎潤一郎)中公文庫
名家である蒔岡家は、
今や凋落しつつあった。
三女・雪子の縁談を、
蒔岡家の誇りから断り続けたため、
今や雪子は
30にもなって独身であった。
そんな折、
四女・妙子の駆け落ちの記事が、
誤って雪子名で
新聞に掲載されてしまう…。
重い、重かった!
読み終わっての率直な印象です。
小説の内容ではありません。
本そのものの物質的な重さです。
全936ページ
(右腕の筋肉がつきました)。
この小説こそ谷崎の最高傑作、
日本文学の頂点をなす作品と
私は捉えています。
物語の主人公は美人四姉妹です。
同じ四姉妹でも
オールコット「若草物語」はすべて少女。
でもこちらの四姉妹は
全員魅力たっぷりの成人女性です。
かといって
他の谷崎作品に登場するような
妖しい女性たちではありません。
その中でも
私が一番注目したのは四女妙子です。
妙子は小説の舞台である
昭和10年頃では珍しい、
自由奔放に生きようとする
女性なのです。
今は零落してしまった
名家の娘であるにもかかわらず、
自ら手に職を付けて
自立しようとする女性なのです。
その姿は現代では当たり前です。
女子中学生100人に聞けばほぼ100人、
仕事に就きたいというのが現代です。
しかし、この時代の目は
厳しいものがあります。
作者谷崎の目も厳しいのです。
後半の描かれ方はどうでしょう。
まるで堕落した女性のように
描かれています。
この妙子、
お坊ちゃん・奥畑と駆け落ちしました。
それがどこまでも
後を引いているのです。
この小説の最初から最後まで。
好きなもの同士が一緒になる。
現代では至極当然です。
でもこの時代は
事件として新聞に載る。
現代の私たちの感覚からは
想像できません。
終末では、妙子は
バーテンダー・三好の子どもを宿します。
家族は妙子を
世間から隔離しようとします。
三女雪子の縁談に
支障が出ないようにするためにです。
これも現代であれば
「できちゃった婚」で
済ますことが出来そうなのですが。
そうなのです。戦争をはさんで
昭和18年から24年にかけて紡がれた
この長編小説は、
はからずも日本の価値観の崩壊と転換を
映し出してしまっていたのです。
作者・谷崎が
意図したしないにかかわらず。
自立する女性。対等な男女関係。
家ではなく本人同士の結婚。
自由意思に基づく婚姻。
現代の当たり前の社会の実現は、
もしかしたらこの時代の
何人もの「妙子」の苦難の積み重ねが
為し得たものなのかもしれません。
善し悪しを別として。
(2019.12.1)
【青空文庫】
「細雪 上巻」(谷崎潤一郎)
※中巻下巻はまだ青空文庫では
公開されていません。