「煙」(島木健作)

これは現代でいう「大人のADHD」

「煙」(島木健作)
(「百年文庫014 本」)ポプラ社

叔父の営む古本屋で
店番をさせてもらっている耕吉は、
叔父に願い出て、
洋書の競りに
初めて一人で参加させてもらう。
しかし、熱くなった彼は、
かなり高い値段で
本を落札してしまう。
しかも、そのうちの一冊は
頁が抜けていた…。

読み終わって
気の毒になってしまいました。
耕吉は何をやっても
うまくいかないのです。
自転車に乗っていると、
追い越していくトラックを
よけようとすればするほど
引き寄せられて転んでしまう。
交差点では交通巡査の指示を
うまく理解できずに叱られる。
6歳の姪を連れて散歩に出たときには、
気付くと姪を見失っていて狼狽する。
もう30歳にもなるのに、
その有様なのです。

これは現代でいう
「大人のADHD」なのではないかと
思うのです。
ADHDとは、注意欠如多動性障害という
行動障害のことです。
かつては教室内で
だまって座っていることが
難しい子どもに対して、
「しつけができていない子ども」という
見方がされていましたが、
十数年前から
それはADHDという障害であることが
認識されるようになってきました。
さらには近年、
それが大人にも見られるケースが
あることがわかっています。

本作品は1941年の発表ですので、
もちろんADHDという
認識があろう筈がなく、
単なる「間抜け」としか
扱われなかったのでしょう。

さて、作者の島木健作は、
1927年頃日本共産党に入党、
翌28年の三・一五事件で検挙され、
32年まで服役しています。
その後、東京本郷で古本屋を営む
実兄の家に落ち着き、
文学の道で生きることを
決意しています。
本作品の耕吉は、おそらくは
作者自身の経験が反映された
主人公と思われます。

あらすじに挙げた洋書の競りでの失敗。
これもADHD特有のものです。
次から次へと
繰り出される洋書に昂奮し、
それを競り落としたいがために
気持の赴くままに
高値を付けてしまったのです。

でもそれは本に対する
愛情ゆえのものなのです。
本を単なる商品として
みることができなかったのです。

児童期のADHDの治療目標は、
障害による有害な影響を最小限にし、
子どもが本来持っている
能力を発揮させ、
自尊心を培うことだそうです。
大人に対しても同様でしょう。
島木にADHDの傾向が
あったかどうかは
知るよしもありませんが、
もしそうだとすれば、
彼はそれを乗り越えたことになります。

(2019.12.3)

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