「百年文庫011 穴」

穴、つまりは社会の最下層に落ち込んだ人々

「百年文庫011 穴」ポプラ社

「断食芸人 カフカ」
檻の中で藁の上に座り、
40日間の興業中、
一切の飲食をせずに
ただ座り続ける。
かつて人気を博した断食芸人も、
時代が変わり、
誰も見向きもしなくなった。
断食芸人は新天地を求め、
ある大きなサーカス一座へ
身を寄せるが…。

「鶴 長谷川四郎」
敵国と接する地域の
国境監視哨である矢野と「私」。
望遠鏡でのぞき見る外界は、
戦争とは無縁の世界のように
穏やかであった。
ある日、矢野に
南方戦線行きの辞令が下る。
しかし彼は夜の闇に紛れて
軍を逃亡し、
姿を消してしまう…。

「二十六人とひとり ゴーリキイ」
地下室で巻きパンを焼く
「囚人」と呼ばれる
26人の男たちにとって、
パンを貰いに訪れる少女ターニャは
神聖な存在だった。
ある日、
隣の白パン工房の美男子職人と
口論となった「囚人」たちは、
ターニャを落としてみろと
せまるが…。

百年文庫24冊目読了です。
一篇目の「断食芸人」を
読んだ限りでは、
テーマ「穴」との関連が
見えませんでした。
どこにも「穴」など
あいていなかったのですから。
全て読んで気付きました。
この3篇は「穴、つまりは社会の最下層に
落ち込んだ人々」なのではないかと。

「断食芸人」は
それしかできなかった
芸人の悲劇を描いています。
彼が今際の際に残した
「美味いと思う食べ物が
見つからなかった」。
もしかしたら
「見つからなかった」のではなく、
貧しさのために
「出会えなかった」のではないかと
思うのです。
だからこそ「断食」だけが
彼の生きるための
尊厳ともなったのでしょう。

「鶴」の国境監視哨たちも
最下層の兵士たちです。
易々と国境線を
越えることのできる
「鶴」に対比されて、
地下壕の中で自由を奪われた
人間の悲哀が強烈に現れています。

「二十六人とひとり」の「囚人」たちも
貧困により最低限の生活を
強いられている人々です。
貧困が魂の荒廃を
呼び起こしている現実を
まざまざと見せつけています。

3篇の作者たちもまた、
どん底を経験した人たちです。
カフカは生前の評価は
芳しくなかった作家であり、
病を得てわずか40歳で没しています。
長谷川四郎もシベリアに派兵され、
捕虜となっています。
ゴーリキイもソ連の体制に翻弄され、
天国と地獄の両方を味わっています。

だからこそ、
3篇とも弱者へ共感を寄せる
作者の温かな視線を感じてしまいます。

傑作揃いの第11巻。
十分な読み応えを感じました。

(2019.12.7)

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