明治大正漫文漫画の芸術世界
「漫画 坊っちゃん」(近藤浩一路)
岩波文庫

先日、
漫画「ピアノの森」を取り上げました。
本書も漫画です。
しかし、私たちがなじみのある漫画とは
ちょっと違います。
私たちが現在普通に読んでいる
「コマ」ごとに描かれた絵と、
「吹き出し」によって表された
会話文からなる漫画は、
かつては「連続漫画」と呼ばれていました。
その前身としての漫画、
つまりは連続していない漫画なのです。
右ページには文章(漫文)、
左ページには絵(漫画)、
いわゆる「漫文漫画」です。
現代の繊細な劇画調の漫画を
見慣れた目からすると、
「ヘタウマ」ととらえられる
可能性もあります。
しかしよく見ると、
たった一コマの中に、
その筋書きの最も重要な場面を
見事に切り取り、
かつ豊かに表現していることに
気付かされます。
漱石の「坊っちゃん」が、
原作の面白さを損なうことなく、
いやむしろ補強されて描かれています。
「腕白時代(其三)」では、
少年の坊っちゃんが
兄の横面を殴る場面が描かれています。
強気な坊っちゃんの顔と、
殴打されて当惑した兄の顔の対比が
絶妙です。そして
坊っちゃんのスピード感ある動きと、
頬を叩くピシャリという音
(漫文では「ぽかり」なのですが)が
聞こえてきそうです。
「バッタ事件(其三)」では、
いたずらを仕掛けた
寮生の生意気そうな雰囲気と、
頭に血を上らせて
憤慨する坊っちゃんの様子が
実によく伝わってきます。
そしてクライマックス
「鉄拳制裁(其三)」では、
野だをめがけて
坊っちゃんが生卵を投げつける瞬間が
見事に描かれています。
注意してみると生卵は
坊っちゃんの手に1個、
野だの顔に割れたものが1個
描かれています。
右ページの漫文から
左ページの漫画に目を移したとき、
はじめに読み手の目に入るのは
画面の右側に描かれている
坊っちゃんの卵です。
その後、視線を左に移すと、
野だの顔にある割れた卵が
視野に入ります。
連続性のある動きを
1コマの中でいかに描出していくか、
苦心の跡がうかがえます。
これを読んだあとでは、現代の漫画は
作画技術こそ向上しているものの、
表現における創造性や芸術性は
明治・大正の時代よりも
むしろ衰えているのではないかと
感じてしまいます。
おそらく漱石生誕150年にあわせて
復元出版されたものでしょう。
漱石の文学世界と
明治大正漫文漫画の芸術世界の
両方を楽しめる一冊です。
※本書の原本は
大正7年に出版されています。
また、同じ岩波文庫から
「漫画 吾輩は猫である」も
出版されています。
そちらも機会をとらえて
取り上げたいと思っています。
(2019.12.9)
