なぜ実の息子を殺めなければならなかったのか
「マテオ・ファルコーネ」
(メリメ/富永明夫訳)
(「集英社ギャラリー世界の文学7」)
集英社
コルシカ島の銃の名手・マテオが
羊群の見回りを終えて
家に戻ると、そこには
警察隊の姿があった。
家に逃げ込んだお尋ね者を、
マテオの息子の協力で
捕縛したのだという。
警察隊が立ち去ったあと
マテオは
息子・フォルトゥナートを…。
短編小説ながら、
背筋が震え上がるような
戦慄を覚えました。
フォルトゥナートが
留守番をしていたとき、
足に怪我を負った
お尋ね者・ジャネットが
逃げこんできます。
父マテオを頼ってきたのです。
フォルトゥナートは
彼を一度は匿うものの、
銀時計をくれるという
警察隊長・ガンバの甘言に乗せられ、
彼を引き渡してしまったのです。
警察隊が立ち去ったあと、
マテオは息子をどうしたか?
祈りを捧げさせ、
迷いもせず銃で撃ち抜いたのです。
親が子を死に至らしめたのです。
しかしながら本作は
「子殺し」事件を
テーマにしたものではありません。
なぜ血の繋がった実の息子を
殺めなければならなかったのか。
土地と時代の背景理解が
必要となります。
マテオが住んでいるのは
コルシカ島の中の
「マキ」と呼ばれる密生林地域です。
本作中には次のように記されています。
「諸君が殺人の罪を犯したら、
マキへ逃げこむがいい。
良い銃が一挺と、
火薬と弾丸があれば、
安全に暮らしてゆける。
羊飼いたちがミルクとチーズを
恵んでくれるだろう。
司直も恐れるに足らない。」
つまり、
ここに隠れる者は住民が保護をする、
無法地帯であるものの、
だからこそ信義が血縁や法律以上に
尊重される土地柄である、という
ことなのでしょう。
マテオは、
「大へんな名声をかち得ていた。
友人としては申し分ないが
敵に回したら恐ろしい」、
つまり生粋のコルシカ人なのです。
仁義を重んじ、信望を得て、
力をもってこの地域の
守護的役割を担っている人物なのです。
フォルトゥナートはマテオにとって、
3人の女子のあとに授かった
大切な跡継ぎ息子です。
「マテオはこの子に
フォルトゥナート
(イタリア語で「幸運な」の意味)と
名をつけた。この子こそ、
彼の家名を継ぐ者であり、
一家の希望だった」。
その10歳の子を処せねばならぬほど、
マテオにとって
「裏切り」は許されざる罪であり、
信義は血縁よりも重大だったのです。
とはいえ、
やはり現代の私たちにとっては
受け入れがたいものがあります。
それゆえ衝撃の大きさは
尋常ではありません。
(2019.12.13)