穏やかで温かな確執
「雲行き」(瀬尾まいこ)
(「図書館の神様」)ちくま文庫
「絶対に降るから」と
傘を押しつける母を無視して
出かけようとする「私」に、
「俺は持っていくよ」と
言葉をかける佐々木。
佐々木は母の再婚相手だが、
「私」は気に入らない。
「私」は雨が降るかどうかの
「賭け」を佐々木に持ちかける…。
「私」は中学生の女の子。
思春期の子どもと親の再婚相手の確執は
現実世界にも虚構の小説にも
いくらでもあるでしょう。
しかし本作品の確執は
それらとはやや異なります。
「お父さん」と呼ばずに
「佐々木」と呼んでいますが、
最低限のコミュニケーションは
しっかり行っています。
口さえきかないというものでは
ありません。
佐々木の後ろを
数歩下がって歩きますが、
曲がりなりにも一緒に歩いています。
行動を共にしないわけではありません。
そうです。本作品に描かれているのは
決して激しい「確執」ではなく、
極めて「穏やか」、
いや「温か」なものなのです。
最後に描かれている氷屋での場面。
「賭け」に負けた佐々木が
申し出た提案に、
「私」は渋々つきあっているのです。
そこには親密な姿はありませんが、
本当の親子とも思えるくらいの
穏やかな温かさが感じられます。
「穏やかで温かな確執」、
それが本作品に描き込まれている
「私」と佐々木の関係なのです。
「私」と同級生の井上の関係もまた
「穏やかで温か」なものとして
描かれています。
そしてそれは同時に
「私」と佐々木の将来を
予感させるものとなっています。
「私は井上を気に入っている。
そして、きっと井上も
私を好きなんだろうと思う。
人を好きになるのって
瞬間の積み重ねだ。
この先、井上を心地よいと
思う瞬間は
増えていくだろう。」
何か大きな事件をきっかけに、
人と人とが強く結びつくことも
あるかも知れません。
しかし私たちの日常では、
そうした急激な変化ではなく、
むしろ本作品に描かれているような
静かな変化の中で、
人と人との関係が穏やかに
温かいものに変わっていくことの方が
多いのではないかと思うのです。
作者・瀬尾もまた父親のいない家庭で
育ったという経歴を持っています。
もしかしたら本作品は、
かつて瀬尾の欲した家庭の在り方を
具現化したものかも知れません。
本篇「図書館の神様」同様、
穏やかな物語です。
その穏やかな中にこそ、
本当に慈しむべきものが
しっかりと描かれている、
瀬尾まいこらしい一品です。
(2019.12.17)