「賭」(安部公房)

消費社会の正体は欲望の喚起

「賭」(安部公房)
(「無関係な死・時の崖」)新潮文庫

「私」は
ある広告会社総務部長から、
奇妙な社屋の設計を依頼される。
二階と三階にある部屋を
隣り合わせにするというような、
一般常識では考えられない
構造の要求に
「私」は不安を覚える。
翌朝、会社見学に行った
「私」が見たものは…。

そこで見たものは、もちろん
安部公房特有の不条理の世界です。

朝の出勤時刻なのに社員のあいさつは
「ただいま」と「お帰りなさい」。
二階への階段を上がると
踊り場はあるが廊下への通路はない。
3階にある部屋を開けると、
そこでは新入社員に間違われる。
そのまま仕事場へ案内され、
意味不明のカードゲームをさせられる。
ラビリンスの中での冒険、
いや漂流です。

ようやく総務部長と面会できた「私」は、
広告のアイディアを創るための
システムを見せられます。
なんと社員の心理分析テストの
結果の合成なのです。

このハチャメチャな展開の中に、
しっかりと毒を盛り込むあたりが
安部流です。
「現代を動かしている
 真の政治家とは誰か、
 知っているかね?
 われわれ宣伝業者なんだ…
 ちょっぴり、
 欲望という種を世論の腹の中に
 うえつけてやる。
 くっついたら絶対にはなさない。
 成長力がまたすばらしい。
 肥料をほしがって、
 金切り声をあげるのだ。
 頃合を見はからって、

 上等のこやしのありかを
 教えてやる。そうなりゃ
 財布の底をはたいても、
 こやしを買いに
 出掛けていくわけさ」

世間の欲望を創り上げ、
需要を生みだし、消費に走らせる。
昭和35年発表の作品です。
高度経済成長真っ只中にあって、
消費社会を鋭く批判しています。
この時代はいざなぎ景気であり、
カラーテレビ、クーラー、自動車の
3Cといわれた三種の神器に、
当時の大人のほとんどが
群がったはずです。
消費社会の正体を
欲望の喚起と見抜いていたのでしょう。

さて現代はどうでしょうか。
ゲーム機、カード、スマホ、
ネットゲーム、アイドル、…。
悲しいことに、
欲望をかき立てられる対象のほとんどが
子どもです。
これだけは安部も
予見できなかったでしょう。

「私」は非常識な構造の理由を理解し、
宣伝会社の希望どおりの
新社屋を完成させます。
その後社長は…、という
ブラックユーモア的な落ちも付け、
物語は締めくくられます。
読後感は爽やかではありません。
年末の読書としては
いささか不向きでしょうか。

(2019.12.18)

Michael GaidaによるPixabayからの画像

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