時代にも肉親にも取り残された「ごりがん」の悲哀
「ごりがん」(上司小剣)
(「鱧の皮 他五篇」)岩波文庫

「私」と付き合いのある
老僧・隆法は、
自他共に「ごりがん」と
認める人間である。
息子・天南が
婚礼の日に姿をくらまし、
彼は困り果てる。
聞けば花嫁は彼の一存で決められ、
天南は婚礼の日まで
相手の顔すら
知らなかったのだという…。
前回取り上げた「鱧の皮」が
面白かったので、
上司小剣の作品集を入手し、
読んでみました。
冒頭の本作品、悲愁に満ちています。
親が勝手に決めた縁談を
息子が反抗して壊してしまう。
現代ではすでに
古びてしまったテーマです。
しかし本作品が発表された
大正9年段階では、
まだまだ新しい主題だったのでは
ないかと思われます。
そもそも父親・隆法の
「ごりがん」という性格は何か?
本作品自体も
「先づごりがんといふ
方言の説明からしなければならない」
から始まっています。
辞書によると「筋の通らないことを
無理やり押し通すこと、
またはその人」とあります。
そうです。
隆法はすべて自分の考えを押し通す、
極めて昔気質の人間なのです。
隆法の言い分はこうです。
「年頃になつたから、
家内を持たせる。
年頃になつたから、
片付けてやる。
婚禮だけが本人の
承知不承知を
喧ましく言ふにも當るまい。
親の決めたものと、
默つて一所になつてたら
えゝのぢや、
他力本願でなア。」
自らの宗派の教義を持ち出して
正当化しているのです。
その隆法を、
作者は別の面からも描いています。
軽便点火器
(たぶんライター)なるものを用いて
煙管の煙草に火をつけながら
こう言い訳します。
「電燈の火では煙草が吸へんし、
電話では相手の顏が見えんし、
そんなもんの中では、
まだこれが一番ましぢや。」
電気・電話・ライター等、
生活の中に押しよせてくる
「新しいもの」に
ごりがんである隆法さえ
飲み込まれているのです。
明治から大正へと時代が移り、
自由主義的な風が吹き込む中で、
隆法は自らが過去に
置き去りにされていることに
まったく気付かなかったのです。
隆法の妻は
その精神的衝撃が原因で命を縮め、
天南以外の4人の子らは
みなすでに家を出ていて、
看取る者もなく
彼自身もこの世を去ります。
時代にも肉親にも取り残された
「ごりがん」の悲哀が感じられます。
さて、時代は平成の終末へと移り、
自由主義的な風が
後退しはじめています。
現代に生きる私たちもまた、
確かな根を持ちながらも
変化に柔軟に対応できる精神を
持たなくてはならないのだと思います。
ごりがんではいけません。
※本作品にも「鱧の皮」同様、
「鮒の雀燒き」という珍味が
紹介されています。
どんなものかよくわかりませんが。
(2019.12.19)

【青空文庫】
「ごりがん」(上司小剣)