「鱧の皮」(上司小剣)

夫婦の絶妙な関係が見事に浮き上がってくる

「鱧の皮」(上司小剣)
(「百年文庫049 膳」)ポプラ社

大阪道頓堀の料亭・讃岐屋の
女将であるお文は、
婿養子である夫に家出され、
一人で店を切り盛りしている。
そのお文のもとへ
夫から手紙が届く。
また金の無心らしい。
手紙の末尾には「鱧の皮を
お送りくだされたく候」と
あった…。

鱧の皮?
東北人の私にはピンときませんでした。
鱧というのは確かウナギに似た
細長い魚だったような。
調べてみると
京料理に欠かせない食材だとか。
穴子はそれなりに
食べる機会があるのですが、鱧は
私は食べたことがあったかどうか…。
さらにその皮とは…。
これも調べてみると、
鱧の皮を香ばしく焼き上げた後、
醤油や砂糖で味付けしたものとのこと。
鱧は高級蒲鉾の
材料として使われるのですが、
蒲鉾は白身しか使わないので、
その余った皮を
活用したものだそうです。
世の中にはまだまだ
知らないことが多いのですね。
私が無知なだけですが。

さて、この金を無心する手紙に書かれた
「鱧の皮をお送りくだされたく候」
というのが何ともいえません。
もはや愛想を尽かされても
おかしくないのに、
自分の好物の鱧の皮を所望する。
東京にはない鱧の皮に、
夫は郷愁を感じているのです。
そして残した妻に
厚かましくも甘えてしまう
男の性が見事に表現されています。

勝手なことばかりが
書かれてある手紙にあきれるものの、
お文は結局、こっそり鱧の皮を買って
小包にして送る算段をします。
夫は婿養子。
店の仕事の一切を捨てて
道楽に走っている役立たずの夫です。
そのろくでなしの夫に対して
離縁状を突きつけるわけでもなく、
甘えを許してあげる。
ここに女の性が
しっかりと描出されているのです。

本当は今すぐに戻ってきてほしい
気持ちがあるにもかかわらず、
復縁するための
厳しい条件を突きつける。
別れたいのに別れられない。
切れていそうでかろうじて
細い糸でしっかりつながっている。
そんな夫婦の絶妙な関係の姿形が、
お文への手紙とお文の行為によって
見事に浮き上がってくるのです。

「今しがた銀場の下へ入れた
 鱧の皮の小包を一寸撫でて見て、
 それから自分も寝支度にかかった。」

結びも愛おしさに溢れています。

薄味ながら、丁寧にとった出汁の旨味が
深い味わいを醸し出している、
上司小剣の京料理のような逸品は
いかがでしょうか。

(2019.12.19)

【青空文庫】
「鱧の皮」(上司小剣)

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