
真相は一体?謎が深まります。
「クリスマスの酒場」(横溝正史)
(「青い外套を着た女」)角川文庫
(「横溝正史ミステリ
短篇コレクション⑥」)柏書房
クリスマスの夜、
仏国へ渡航する緒方は、
船の出る間際の時間、
友人・栗林に
引き留められるようにして
その酒場に佇んでいた。
そこに現れた娘が
緒方に奇妙な申し立てをする。
五年前のクリスマスの夜から
緒方をずっと待っていたと…。
聖なる夜に何かが起きる。
昭和十三年発表の、
横溝正史の短篇作品です。
失恋した緒方の前に現れた素敵な女性。
ロマンチックな物語が
始まりそうな予感があるのですが、
次第に犯罪の臭いが香り出します。
さて、結末はいかに。
〔主要登場人物〕
緒方
…失恋の痛手を背負い、
フランスへ渡航を計画。
クリスマスの夜に出航する
T丸に乗り込む予定。
鮎川藍子
…緒方の元恋人。緒方を捨てて
金持ちの男と結婚するという。
栗林
…緒方の友人。三十二、三。
緒方を気遣い、出航前に酒場に誘う。
黄枝
…緒方を探していたという女性。
十九か二十。
ポパイの仮面をかぶった男
…謎の男。緒方を探すために
黄枝を見張っていたという。
久美
…バー・チンナモミの女給。
本作品の味わいどころ①
かつての「花売り娘」黄枝の述懐
五年前のクリスマスの夜、
酔客に襲われていたところを
助けてもらったお礼を言うため、
この酒場で緒方を待っていた。
ここまでは美談です。
しかし、お礼とともに
恨みを晴らすためというのですから
穏やかではありません。
そのとき緒方が黄枝の肩に掛けた
ジャンパーのポケットに入っていた
ハンドバッグが動かぬ証拠となり、
黄枝の父親が警察に逮捕され、
獄死したというのです。
真相は一体?
クリスマスの華やかな雰囲気が
突然暗転する筋書きの妙を、
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
ポパイの仮面を被った男の告白
そこに割り込んできたのが
ポパイの仮面を被った謎の男。
黄枝の父親が巻き込まれた事件とは、
その男の妻が殺害された事件であり、
その真相を知るため、
男は黄枝の動向を探り、
緒方の現れるのを
待っていたというのです。
それまで失恋の悲劇を背負っていた
緒方ですが、
彼の過去にはいったい何があったのか。
緒方と黄枝、そして
ポパイの仮面の男との関係は
複雑に入り組んでいるようにも
思えます。
真相は一体?
疑惑が膨らんでいく人物設定の妙を、
次にしっかり味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
事件の鍵を握るロケットの写真
事件の証拠品の一つであるロケットを、
黄枝は警察にも渡さずに
密かに所持していました。
そして仮面の男もそのロケットを
殺人事件の証拠品として
探していたのです。
「突然、ポパイが手を伸ばして
そのロケットを取り上げた。
震える手で、
パチッとそれを開いた。
息づまるような興奮のひととき」。
そこに写っている人物は誰なのか?
真相は一体?
謎がさらに大きく深まります。
読み進めるうちに
何ともいえない暗い過去が
暴かれそうになりながら、
最後に大どんでん返しが
待ち構えていて、クリスマスらしい
爽やかな幕切れを迎えます。
その大どんでん返しこそ、
本作品の真の味わいどころなのです。
たっぷりと味わいましょう。
さて、横溝作品というと、
何かおどろおどろしいものばかりという
印象がありますが、戦前の作品は
決してそうではありません。
本作品のように、爽やかに幕を下ろす
ミステリもあるのです。
すべての謎が明かされ、
最後は大団円を迎えます。
ところが最後まで明かされない謎が
一つだけあります。
ポパイの仮面を被った男は
最後までその仮面を外しません。
その下には
どんな素顔があったのか?
いや、それ以前になぜ
ポパイの仮面を被っていなければ
ならなかったのか?
ポパイの仮面をかぶって
酒を飲んでいる男に対して、
緒方も栗林も、何も違和感警戒感を
示していないのはなぜか?
本作品の最大の謎です。
(2019.12.20)
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(2024.12.19)
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