互いに狂気へと傾斜する男と姫
「夜長姫と耳男」(坂口安吾)
(「百年文庫016 妖」)ポプラ社
![](https://www.xn--u9jxf6af7c4b7e3b2kra6gh4851yok3b.club/wp-content/uploads/2019/12/2019.12.26-1.jpg)
姫の護身仏を彫るよう
命じられた若い匠の耳男は、
大耳と馬顔を
姫に罵られて激昂し、
仏像ではなく
恐ろしい化物の像を
彫る決意をする。
耳男は作業小屋の中に
蛇の死骸を吊し、
蛇の生き血を飲み、
三年の間、
一心不乱に像を刻む…。
以前取り上げた「白痴」に続いて
読んでみました。
「白痴」以上の衝撃です。
この若い仏師・耳男も強烈ですが、
幼い夜長姫はその耳男をはるかに上回る
怪しい魔性を帯びています。
耳男の耳を切り落とした(!)
機織りの奴隷娘を
耳男自身の手で殺させようとする。
それを拒んだ耳男のもう一方の耳を
奴隷娘に切り取らせる。
そしてその光景を笑顔で見守る。
僅か13歳の姫の所業です。
耳男が化物像を完成させた3年後、
16歳となった姫は
さらにエスカレートしていきます。
耳男がしたように、
大量の蛇を高楼の天井に吊し、
その生き血を姫は飲み干します。
毎日毎日それを行うのは、
新しく流行した疫病によって、
村人全員が死ぬことを願ってなのです。
無邪気さと残酷さを併せ持つ、
狂気に染まった妖姫。
連想されるのはトゥーランドット
(プッチーニの同名のオペラ)と
サロメ(オスカー・ワイルドの
戯曲)でしょうか。
トゥーランドット姫は
謎解きに成功したカラフ王子を
愛するようになり、
サロメ姫は井戸に閉じ込められている
預言者ヨカナーンに魅せられます。
では夜長姫は?
このままでは村の人間が
全て死んでしまうと感じた耳男は、
姫の胸に錐を打ち込みます。
今際の際に姫が残した言葉は
「好きなものは
咒うか殺すか争うか
しなければならないのよ。
お前のミロクが
ダメなのもそのせいだし、
お前のバケモノがすばらしいのも
そのためなのよ。
いつも天井に蛇を吊して、
いま私を殺したように
立派な仕事をして……」。
やはり愛なのでしょう。
耳男も化物像を創り上げる3年間、
脳裏に思い浮かぶ
姫の笑顔を退けるために
蛇を吊しその生き血を
飲み干していたのです。
それもやはり愛ゆえなのでしょう。
耳男も夜長姫も、
自身の心に沸き立つ愛を
自覚することなく、
互いに狂気へと傾斜していきました。
血なまぐさい素材と
グロテスクな表現描写に縁取られた
摩訶不思議な愛情物語。
やはり坂口安吾は天才です。
(2019.12.26)
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【青空文庫】
「夜長姫と耳男」(坂口安吾)