「少将滋幹の母」(谷崎潤一郎)②

それさえも愛欲の念のように感じられる

「少将滋幹の母」(谷崎潤一郎)
 中公文庫

老齢の大納言・国経は、
その美しい妻・北の方を、
若き権力者で甥の左大臣・時平に
強奪される。
残された一子・滋幹は、
宮中深く囲われてしまった母を
恋い慕う。
幼い滋幹は、
母の情人がしたためた
恋文を腕に隠し、
母のもとへと通う…。

前回は本作品について、
関わる男性三人を
事細かく描くことにより、
彼女の存在を際立たせていると
書きました。
しかしそれは本作品の前半部分
(その一~その七)においてです。
後半部(その八~その十一)で
描かれるのは滋幹その人です。

離別した直後、滋幹5歳の折は、
お目こぼしもあってか
母との面会は許されていたのですが、
以後会うことは叶いませんでした。
その後時平が没し、
その子・敦忠(滋幹の弟)が亡くなり、
会うことの支障がなくなっても
滋幹は母に会おうとしません。
その間の
会いたい気持ちを抑えられない心情、
会いたくても会えない事情、
会いたくても会ってはいけないと
考える精神状況を、
谷崎は事細かく描出しています。

結果として滋幹もまた
国経、平中、時平同様、北の方を
浮き上がらせるための背景に過ぎない
存在となっているのです。
しかも、滋幹の想いは
母への慕情であるはずなのですが、
それさえも愛欲の念のように
感じられるのです。
それゆえ本作品は谷崎一連の母恋ものの
到達点と考えられるのです。

別離から40年後、
滋幹は尼となった母を訪ね、跪きます。
「一瞬にして彼は自分が
 六七歳の幼童になった気がした。
 彼は夢中で母の手にある
 山吹の枝を払い除けながら、
 もっと/\自分の顔を
 母の顔に近寄せた。
 そして、その墨染の袖に
 沁みている香の匂に、
 遠い昔の移り香を
 再び想い起しながら、
 まるで甘えているように、
 母の袂で涙を
 あまたゝび押し拭った。」

さて、本作品は現在
新潮文庫刊が流通していますが、
中公文庫刊の方を私は愛好しています。
こちらは昭和25年毎日新聞掲載当時の
小倉遊亀の挿画が
全て収録されている点が魅力です。
この挿画からは本作品の持つ
王朝絵巻の雰囲気が
ひしひしと伝わってきます。
2020年1月現在流通していない
(絶版なのか一時的な在庫切れなのか
不明)のが残念です。

平安朝の物語や和歌を引用しながら、
史実と創作を巧みに織り交ぜながら
煌びやかに繰り広げられる
王朝絵巻としての本作品、
読み重ねなければ
その全貌を理解することは
できないのかも知れません。
数年後に再び味わいたいと思います。

(2020.1.3)

ジュンPさんによる写真ACからの写真

【青空文庫】
「少将滋幹の母」(谷崎潤一郎)

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