こんな成長物語もあるのです
「燃える秘密」
(ツヴァイク/川崎芳隆訳)
(「ある心の破滅」)角川文庫

12歳の少年・エドガールは、
眠りもせずに暗い部屋の中で
聞き耳を立てていた。
今晩こそ男爵とママの
「秘密」を暴いてやるのだと。
二人の足音は
男爵の部屋の前で止まった。
連れ込まれそうになる
ママを助けようと、
エドガールは…。
物語は、はじめは男爵の視点で
語られます。
一週間の休暇を取って
避暑地のホテルに滞在した男爵は、
宿泊者名簿に
誰も知り合いがいないことに落胆し、
誰かいないものかと物色していました。
目に止まったのが少年を連れた
美しく豊満な女性。
女性と近づくために、
男爵はまずは少年と仲良くなります。
もしかしてこれは
プレイボーイの火遊び物語か?
違います。
中盤からエドガールの目線で
物語は進行していきます。
あれだけ親しげに接してくれた男爵が、
なぜ今になって
自分に関心を払ってくれないのか?
優しかったママが、
なぜ自分を遠ざけようとするのか?
自分をのけ者にして、
二人はどこへ行こうとしているのか?
12歳の少年にとって、
理解不能の事態が
次から次へと生じていくのです。
「ふたりのあいだには、
僕に話したくないような
秘密があるのだろう。
きっと大人たちがいつも
ドアーを閉め切って、
見せないようにする
あれとおんなじものにちがいない。」
そうです。本作品は、
若くて素敵な男爵との
不倫に走ろうとした母親の姿を、
子どもの目線で観察したものなのです。
では、不倫をおもしろおかしく
捉えた作品なのか?
それも違います。
紆余曲折を経て、
エドワールは気付いていくのです。
男爵は確かに「敵」であったけれども、
「みずみずしい感情の世界に通ずる
ドアーを開いてくれた」ことに気付き、
母親とは一時仲違いしたものの、
「おたがいに相手は自分にとって
必要」であること、
そして「人に愛されるというのは
どんなにか愉しい」かということに
気付き、
「人の世とはこんなにも端倪を許さぬ
広いもの」であるということに
気付いていくのです。
そうです。
本作品は少年が大人の扉を開き、
その先に一歩だけ
踏み出した瞬間を描いた、
成長物語なのです。
予期せぬ冒険でもなく、
淡い初恋でもなく、
大人の事情に少しだけ
関わってしまったことから芽生えた
少年の成長。
こんな成長物語もあるのです。
「こうして、人生のもっと深い夢が
はじまったのです。」
最後は素敵な一文で幕を閉じます。
※前回取り上げた
シュテファン・ツヴァイクの
作品を探してみたら、
「マリー・アントワネット」などの
長編歴史小説は
現在も流通しているようですが、
その他の小説は
値の張る単行本のみでした。
文庫本を探したら
古書で本書が見つかりました。
1950年代に角川文庫から数冊
出版された形跡があるのですが、
今は跡形もありません。
今後発掘していきたい
作家の一人です。
(2020.1.9)

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