「まちこがれ」たものはついに訪れず
「第三の鳩の物語」
(ツヴァイク/西義之訳)
(「百年文庫008 罪」)ポプラ社

大洪水が収まり、
世界の様子を探るために
ノアは鳩を放つ。
第一の鳩はすぐ戻ってきた。
第二の鳩は
かんらんの葉を銜えて戻ってきた。
しかし、第三の鳩は
戻ってくることはなかった。
この、戻らなかった鳩は…。
ノアは、
第一の鳩がすぐ戻ってきたことから
陸地がまだ
水没したままであることを知り、
第二の鳩が銜えてきた
かんらんの葉から
水が引き始めていることを知り、
第三の鳩が戻らなかったことから、
大地の復活を知る。
ノアは神に生け贄を捧げ、
神は二度と洪水は
起こさないことを約束する。
それが聖書の内容だったと
記憶しています。
戻らなかった第三の鳩は年月を経て、
再び大洪水に匹敵するような
厄災を目にします。
「全世界がごう然と
震動しはじめたのだ。
まるで大地が
ま二つにさけるかのように、
雷鳴がとどろきわたったのだ。
空気をきって、
ひゅうひゅうと黒い金属の塊が、
音をたててとびまわり、
それが落下すると、
大地はおどろいて
とびあがるのだった。」
鳩は孤独の森を出て、
平和を見いだそうとしたのですが、
「いたるところに、
人間どものこの稲妻、
この雷鳴がとどろき、
いたるところが戦争だった。」
かつての神の罰を忘れ、
人間は火と血の海を大地に氾濫させる。
20世紀以降の人間の歴史は、
全世界を巻き込んでの
戦争の歴史であり、
形を変えてやってきた
ノアの「大洪水」なのかも知れません。
本作品が書かれたのは1916年。
第一次世界大戦の真っ只中です。
大戦中スイスで
反戦活動に取り組んでいた
作者ツヴァイクは、
この伝説の鳩の目を借りて、
戦争の愚かさを告発したのでしょう。
「堕落の高潮は、
人類の上にだんだん
水かさを増してふくれあがり、
火炎は、わたしたちの世界を、
ますます広く
食い尽くそうとしているのだった。」
火の大洪水を乗り越えるための
「方舟」の手掛かりも見いだせず、
物語は次のように閉じられます。
「もう神の試練をうけるのは
たくさんだと
悟ってくれるものはないのかと、
この世界は切に
まちこがれているのだ。」
「まちこがれ」たものはついに訪れず、
戦渦はその後も繰り返されました。
愚かな世界に絶望し、
ツヴァイクが自ら
命を閉じたのが1942年。
第二次世界大戦の最中でした。
世界は今も、変わっていません。
(2020.1.9)

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