「大阪自叙伝」(藤沢桓夫)

小説よりも面白い随筆集

「大阪自叙伝」(藤沢桓夫)中公文庫

前回取り上げた「茶人」
(「百年文庫049 膳」)を読み、
作者・藤沢桓夫の他の小説を
探してみました。ところが、
ネットで古書を探しても
値の張るものしか見つからず、
近隣の図書館で検索しても
随筆集に一篇だけ収録されているもの
程度で、殆ど見つかりませんでした。
巻末の解説には、
藤沢の著書が200冊にも及ぶ旨
書いてあったのですが、
その多くが埋没しているようです。

そうした状況下で、現在
最も手軽に入手できる(とはいえ
絶版中で古書のみ)のが本書です。
残念ながら小説ではなく随筆集です。
でも、これが小説よりも面白いのです。
「大阪自叙伝」と銘打たれた本書、
著者と交友のあった文士についての
逸話や奇行が数多く載せられていて、
まるで「大阪文士列伝」ともいえる
内容となっているからです。

著者は若い頃、自死する直前の
芥川龍之介と面会しています。
その時の芥川の風体について
次のように記しています。
「芥川氏は、その夜、
 古びた中折を阿弥陀に被り、
 汚れた襯衣をやはり汚れた
 普段着らしい紬の羽織の
 袖口から出し、
 恐ろしく装身に構わず、
 無精髭も少し伸び、
 むしろ薄汚い田舎親爺のような
 飄逸味を感じさせた。」

それに続いて、
「ひょっくり大きな鼻提灯が一つ、
 芥川氏の鼻から飛び出したのだ。
 芥川氏は、無造作に、それを、
 片方の羽織の袖で
 横なでに拭いてしまった。
 羽織の袖口は、
 あちらこちら子供のそれのように
 ピカピカ汚れて光っているのだ。」

写真で見る気障な表情の芥川しか
現代の私たちは知らないのですが、
芥川にはこうした
晩年の姿があったのです。

本書を、よくある暴露本などと
同一視してはいけません。
著者の記述からは他の作家の秘密を
おもしろおかしく紹介しようなどという
下卑た考えは微塵も感じられません。
むしろ一人一人に対する
深い敬愛がしっかりと伝わってきます。
面白く感じるのは、
その人と深く接していなければ
気付かないようなその切り口と、
筆者の洒脱でユーモラスな
筆致の成せる技なのです。

登場する面々は、
現在の私たちの知らない名前を含めて
100名を遙かに超えています。
森鴎外上司小剣、武田麟太郎、
谷崎潤一郎、今東光、近松秋江、
直木三十五、司馬遼太郎、宇野浩二
横光利一、川端康成、大佛次郎、
菊池寛、広津和郎、山本有三
佐多稲子、壺井栄梶井基次郎
織田作之助、庄野潤三、与謝野晶子。
私が名を知っている作家だけでも
これだけ登場しています。
このほかに文学者や芸術家など、
多士済々の顔ぶれです。

藤沢桓夫。
作家を志すのであれば
上京するのが当たり前の時代に、
大阪に居座り続けて数多くの作品を
世に送り出した希有な作家。
その埋もれた作品群を、
何とかして発掘していきたいと
思っています。

(2020.1.12)

HiCさんによる写真ACからの写真

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