「茶人」(藤沢桓夫)

変人でありながらもどこか憎めない七兵衛

「茶人」(藤沢桓夫)
(「百年文庫049 膳」)ポプラ社

一代で財を成した
袋物問屋の七兵衛は
稀代の吝嗇(しぶちん)。
お茶の会に招かれる一方で、
自分からは絶対招待しない。
その七兵衛が渋々引き受けて
催した茶会は、
極めて珍妙なものだった…。

私もどちらかというと
けちん坊の方で、
大盤振る舞いのようなことの
できない人間です。
もっともそれはお金がないから
当然なのですが、
本作品の七兵衛はお金があるのに
けちけちしているのです。
そのけちな人間が
金のかかる茶の湯などを
やろうとするから、
そこに面白さが出てくるのです。

七兵衛はお茶の会に参加し、
素晴らしい道具を見ると
熱心に褒めちぎり、拝み倒して
その器を数日間借り出します。
すぐに知り合いの
蒔絵師・楽師・細工師を呼び、
模造品を造らせます。
職人たちは勉強のために
喜んで作品を模するのですが、
そのうちの一つを
七兵衛はただで譲り受けて
自分のコレクションとしているのです。

自らの足と目で探すのではなく、
他人の所有する逸品を借り受け、
その贋作を金をかけずに揃える。
銘器を買う資金は
十分にあるにもかかわらず、
そこに金をかけない。
成功する人間はこうでなくては
ならないのかもしれません。

ところで茶道というと
「わび・さび」を連想してしまうのですが、
この当時の大阪では
茶の集まりのあとには
懐石料理などを
振る舞う習慣があったようです。
七兵衛はもちろん、
それをごちそうになること自体が
目的だったと思われます。
しかもお膳に付いた鰻を
竹の皮に包んで持ち帰るのを
常としていました。
倹約家ぶりもここまで徹底していれば
たいしたものです。

その七兵衛が嫌々ながらも、
招待する側を
引き受けなければならなくなります。
招待客は期待して料理を待つと…。
確かに鰻が出されたのですが…、
誰も箸をつけようとしません。
その理由は
読んでのお楽しみとしておきましょう。

それにしても無事難局を乗り切り、
しかも体面を保ち、
かつおそらくは二度と招待する役は
回ってこないであろう
状況までつくりあげる。
見事です。

ところで七兵衛は嫌われ者なのか?
いやいやどうして、
決してそうではありません。
周到かつ一貫しているからこそ、
かえって一目置かれているのです。

変人でありながらも
どこか憎めない七兵衛。
それを理解した上で交際している
大阪の文化人たち。
何とも和やかな
時代と土地柄がそこにあったのです。

(2020.1.12)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA