「花筐」(檀一雄)

あたかも暗号文で書き綴ったかのような作品

「花筐」(檀一雄)
(「花筐」)光文社文庫

17歳の榊山は、
始業式の授業を抜け出した
鵜飼・吉良に近づく。
鵜飼は体力を
持て余している美少年、
吉良は病的な
不健康さを抱えていた。
榊山は吉良の連れてきた
あかね・千歳とともに鵜飼を
従姉の美那と
おばに引き合わせる…。

前回取り上げた「光る道」
檀一雄の作品を探して読みました。
「光る道」以上の衝撃です。
榊山・鵜飼・吉良の少年たちは、
授業をエスケープする、
煙草を吸う、
子犬を絞め殺す、
同級生を殴りつける、
酒を飲む、
深夜徘徊する、
酔っ払ったまま電車の行き交う線路で
スリルを楽しむ、
深夜の女子寮に忍び込む、
やりたい放題です。
しまいには美那、おばさん(25歳!)、
あかね、千歳とともに
乱交パーティもどきを
行っているのです。

なんだこれは?不良少年の物語か?
そう思い、もう一度読み返してみると、
気になる一節が見つかりました。
榊山が母親に宛てた手紙です
(彼は親元を離れておばの家の近くの
アパートでひとり暮らしをしている)。
「今、どんなに僕が大きくなったか。
 今なら僕、
 戦争にだって行きますよ。」

慌てて本作品の発表年を調べてみると
昭和12年。
日中戦争が勃発し、
戦争の影がひたひたと忍び寄り、
国内が何やらきな臭く
なり始めた時期です。
登場人物たちはみな、
戦争の影、いや死の影を
無意識のうちに感じていたものと
考えていいのでしょう。

毎日岬で泳ぎ続ける鵜飼を、
吉良はこう言い切ります。
「あいつが美しいのは、
 孤独だからだ。
 いや目的のない体力なんだ。
 浪費家さ。」

目的を持たないエネルギーの発散を、
作者は「軍国主義」と
重ねているのかも知れません。
だとすると鵜飼は
軍国青年のモデルとして
生み出されたといえます。

また、吉良はこうも語っています。
「おふくろは僕の
 形骸だけを信じだした。
 僕が立ち上がったので驚いたんだ。
 形骸が君、
 歩きだす筈ないじゃないか。
 僕は僕の意思だけを信じている。」

本来動き出すはずのない意思が
動き始めた。
これは反戦主義が世の中に
芽生え始めたことを
意味しているのかも知れません。
だとすると吉良は
反戦運動の化身として
表されているのでしょうか。

若者の暴発を描いているように見えて、
その実、
時代の空気に抗おうとする姿勢を、
あたかも暗号文で書き綴ったかのような
作品に思えてなりません。
檀一雄。
一筋縄ではいかない作家です。
本作品も時間をおいて
読み直してみたいと思います。

※本作品も
 長らく埋もれていましたが、
 2017年に大林宣彦監督作品として
 映画化、本書が復刊しました。
 映画の方は私はまだ観ていません。
 短編小説をかなり長編に
 脚色してあるようです。

(2020.1.14)

FelixMittermeierによるPixabayからの画像

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