芥川が「虱騒動」で描いたもの
「虱」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集1」)ちくま文庫

長州征討に向かう軍船の中。
船内の大量の「虱」が
藩士たちを悩ませる。
一人の士が虱を飼いはじめると、
それを真似する仲間が現れる。
一方で、
虱を片っ端から食う輩も出始める。
ついには船内で
虱を「飼う」士と「食う」侍が
衝突する…。
ちょっとした時間に本を読む。
そんなときには芥川の短編が最適です。
密度の濃い時間が過ごせます。
特に初期の作品には、
「鼻」「酒虫」「芋粥」など、
徹底的に凝縮したような
短編小説が目白押しです。
そんな中から
今日私が読んだのは「虱」。
何でも小説の素材にしてしまう。
さすが芥川です。
さて、芥川は虱を「飼う」士を、
Précurseur=先駆者と
位置づけています。
だれもが毛嫌いする虱を
自ら飼うのですから、超革新的です。
その一方で、虱を「食う」侍を、
Pharisien=虚礼を墨守する者と
呼んでいます。
つまりは保守派でしょう。
いや、虱を食うという行為は、
ただの排除とはわけがちがいますから、
超保守派と言えるでしょう。
革新と保守の両極端が出会った以上、
衝突は避けられません。
ついには刃傷沙汰に発展します。
この「虱騒動」、
ここで芥川が揶揄していることは
何なのでしょう?
一つは、人間の争いは
意外とちっぽけなことから
始まるものかも知れない、という
ことでしょうか。
虱を飼う、食うの諍いから
互いの命の奪い合いに発展する
人間の愚かさ。
維新における戦争も
所詮そんなもんさ、と
含み笑いをしている
芥川の顔が想像されます。
もう一つは、
過ぎたるはなんとやらのとおり、
革新であれ保守であれ、
極端に走ると害になると
いうことでしょうか。
飼うにしても食うにしても、
いわばプラス思考、
何とか現状を変えたいと
願っての行為なのですが、
極端化して
弊害をもたらしています。
そう考えると、この長州征伐も、
先駆者と虚礼を墨守する者との
争いと言えます。
維新の戦争は結局、
この程度に過ぎないという
見方もできるのです。
「虱騒動」は、長州と幕府軍の
戦いのミニチュアとして
描かれているのでしょう。
芥川初期特有の高密度の作品です。
(2020.1.15)

【青空文庫】
「虱」(芥川龍之介)