生まれたばかりの魂、人間本来の魂
「ミケルの庭」(梨木香歩)
(「りかさん」)新潮文庫
中国へ短期留学へ出かけた
マーガレットに代わって、
同居している
蓉子・与希子・紀久の3人が、
彼女の子・ミケルを育てている。
インフルエンザで寝込んでいた
紀久が回復し、
ミケルを抱き上げたとき、
ミケルは激しく嘔吐し…。
前回とりあげた「からくりからくさ」の
後日譚であり、
したがって「りかさん」から続く
蓉子の物語の一篇です。
蓉子・マーガレット・与希子・紀久の
4人の女性は、
蓉子の祖母の残した家を
シェアハウス的に使っていたのです。
4人はそれぞれが
確固とした生き方を貫いていて、
確執や葛藤に、それぞれが折り合いを
つけながら生活してきたのです。
「からくりからくさ」の終盤で、
知らぬこととはいえマーガレットは
紀久の交際相手の子を身ごもります。
また、祖母の残した家は
火災で半焼してしまいます。
4人は、そして家はどうなったのか?
前作を読んだ誰しもが
気になっていたのではないかと
思うのです。
作者・梨木は、後日譚としての
本作品を著すことによって、
「からくりからくさ」の後始末を
つけたかったのかも知れません。
では、本作品は単独としては
読みどころがないのか?
決してそうではありません。
ここには幼いミケルの、
自分と周囲を認識しようとする、
淡いながらも一人の人間としての魂が
描かれているのです。
明確に区別できないものの、
自分のまわりにはどうやら
何人かの存在が自分を守っている。
張り詰めた空気を
纏っている者もいれば、
温かく包み込んでくれる者もいる。
本作品の冒頭と結末には、
そうしたミケルの「意識」が、
あたかも新生児から
取材してきたかのように
描かれているのです。
私たちは物心ついて初めて世界を
認識できるようになったのか?
決してそうではなく、
生まれた瞬間から意識が芽生えていて、
周囲と自分を
認識していたのではないか。
私たちの魂は、
この世に生を受けてから
すでに活動しているのだ。
そうした梨木の「生命観」が
色濃く表れているように思えるのです。
「りかさん」が人形の魂、つまり
積み重ねられた過去の人々の魂を、
「からくりからくさ」が
蓉子の祖母の魂が結界として
はたらいている家と
そこで暮らす4人魂との
交流を描いているとすれば、
本作品は生まれたばかりの魂、
人間本来の魂の姿を
描いたものといえるでしょう。
「りかさん」「からくりからくさ」
「ミケルの庭」と続く魂の物語。
3作品を連続して読んだとき、
初めて見えてくる世界が
確かにあります。
(2020.1.19)