「悪魔祈禱書」(夢野久作)

アブノーマルな世界が展開すると思いきや

「悪魔祈禱書」(夢野久作)
(「書物愛 日本篇」紀田順一郎編)
 創元ライブラリ

土砂降りの日、
古書店店主は店内の
たった一人の客に、
最近万引きされた古書のことを
話しかける。一見普通の
聖書のように見えるが、
それは「悪魔の祈禱書」であり、
他に例を見ない
希本なのだという。
次第に客の様子が変わって…。

本をこよなく愛する人間の性を描いた
作品を集めたアンソロジー、
その名も「書物愛」。
その冒頭に収められている
夢野久作の怪作です。
店主の語りのみで綴られた
一篇なのですが、
巧妙な仕掛けが施されています。

表題からすると、
何かおどろおどろしい呪いに関わる
物語かと思えるのですが、
冒頭から1/3くらいまでは、
まったく関係のない
店主のぼやきが続きます。
店主は万引きの多いことを
嘆いているのです。
その巧妙な手口の一つ一つを
解説しながら、それでいて、
その犯人はおおよそ分かっていることを
呟きます。

続いて中盤はいよいよ万引きされた
「外道祈禱書」の中身に移ります。
一見17世紀の価値ある古い聖書のように
見えるその書物は、
実は内容をよく読むと、
キリスト教と神を否定し、
堕胎術や毒薬研究について書かれてある
悪魔の書物なのだと、店主は語ります。
「全世界の人類よ。
 皆、虚偽の聖書を棄てて、
 この真実の外道祈禱書を抱け。
 われは悪魔道のキリストなり。
 弱き者。貧しき者。
 悲しむ者は皆吾に従え。」

「十七世紀前半に
デュッコ・シュレーカーという僧侶が
写筆したもの」だとか
「かつてロス・チャイルドが
莫大な懸賞金付きで探したが、
見つからなかった」などと、
この外道祈禱書の出自が、
まことしやかな注釈付で、
巧妙に語られています。

ここまで聞いていた客の顔色が変わり、
終盤へと移行します。
「本の万引き」と「外道祈禱書」が
「顔色を変えた客」と見事に繋がり、
意外な方向へ展開していきます。
「やっぱりコウして
 書物の中に埋まっておりましても
 探偵小説が一番面白いようで…」
「どうかするとツイ探偵小説を
 地で行ってみたいような気に
 フラフラッとなりますから
 妙なもんで…」

実はある意味、
探偵小説ともなっている本作品、
終末だけは
紹介するわけにはいきません。
ぜひ読んで確かめてください。

「夢野久作」が書いた
「悪魔祈禱書」とくれば、
どんなアブノーマルな世界が
展開するのかと思いきや、
ユーモラスな落ちで締めくくられる
怪作です。
でもそこに愛書家の悲哀が
そこはかとなく漂っています。
本を愛するあなたに
お薦めしたい一篇です。

(2020.1.20)

〔「書物愛 日本篇」収録作品〕
悪魔祈禱書 夢野久作
 島木健作
本の話 由起しげ子
本盗人 野呂邦暢
楽しい厄日 出久根達郎
古書狩り 横田順彌
歪んだ鏡 宮部みゆき
嗤い声 稲毛恍
展覧会の客 紀田順一郎

〔追記〕
先日復刊した角川文庫刊「人間腸詰」にも
収録されています。

〔「人間腸詰」収録作品〕
人間腸詰
木魂
無系統虎列剌
近眼芸妓と迷宮事件
S岬西洋婦人絞殺事件
髪切虫
悪魔祈祷書
戦場

〔関連記事:夢野久作〕

(2022.11.7)

WaldkunstによるPixabayからの画像

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