主人公・杉田の視線の行方を追ってみます
「少女病」(田山花袋)
(「私小説名作選」)集英社文庫
37歳の妻子ある
会社員・杉田古城は、
巨体と醜悪な容姿からは
想像もできないような
少女小説を書いていた。
彼は電車通勤しているのだが、
そこで見かけた
美少女たちに対し、
視線を送り、
妄想を募らせるのを
楽しみにしていた…。
と、あらすじを書くと、
現代のちょっと危ない中年を描いた
アブノーマル小説のように
思われるかも知れませんが、
作者・田山花袋は1872年生まれの
れっきとした明治の文豪なのです。
自然主義派の作家として、
自分の心に
正直に向き合ったのでしょうか。
主人公・杉田の視線を追ってみます。
杉田eye①駅までの道すがら
「眉の美しい、
色の白い頬の豊かな、
笑う時言うに言われぬ表情を
その眉と眼との間に
あらわす娘」について、
「栗梅の縮緬の羽織を
ぞろりと着た恰好の好い
庇髪の女の後ろ姿を見た。
鶯色のリボン、繻珍の鼻緒、
おろし立ての白足袋、
それを見ると、もうその胸は
なんとなくときめ」くのですから
困ったものです。
彼はその娘の家を
突き止めてもいるのですから、
なお始末に負えません。
杉田eye②駅のホームにて
「肉づきのいい、頬の桃色の、
輪郭の丸い、
それはかわいい娘」について、
「見ぬようなふりをして
幾度となく見る、
しきりに見る」という執着ぶり。
杉田eye③電車の中で
①の少女に対して、
「縮緬のすらりとした
膝のあたりから、
華奢な藤色の裾、
白足袋をつまだてた三枚襲の雪駄、
ことに色の白い襟首から、
あのむっちりと胸が
高くなっているあたりが
美しい乳房だと思うと、
総身が掻きむしられるような
気がする」。
杉田eye④停車場にて
「丈はすらりとしているし、
眼は鈴を張ったように
ぱっちりしているし、
口は緊って肉は痩せず肥らず、
晴れ晴れした顔には
常に紅が漲っている」少女について、
「柔かい着物が触る。
えならぬ香水のかおりがする。
温かい肉の触感が
言うに言われぬ思いをそそる。
ことに、
女の髪の匂いというものは、
一種のはげしい望みを
男に起こさせる」。
病気以外の何物でもありません。
三人の美少女に対する
主人公の視線の追跡だけで予定の紙面を
使い切ってしまいました。
本作品には、このあと衝撃的な結末が
待ち構えています。
明治40年に書かれたとは思われない
衝撃作です。
本書は現在絶版中ですが、
青空文庫でお読み下さい。
(2020.1.21)
【青空文庫】
「少女病」(田山花袋)