ニセ査察官とニセ黄門様
「査察官」(ゴーゴリ/浦雅春訳)
(「鼻/外套/査察官」)
光文社古典新訳文庫

とあるロシアの田舎町。
中央政府の査察官の
来訪情報が流れ、
市長一派は不安を隠せない。
かねてからの不正が
露見しないか
戦々恐々としていた。
そんな中、ある宿屋で
贅沢な振る舞いをしている男・
フレスタコフの噂が舞い込む…。
TVの時代劇でおなじみの「水戸黄門」。
1シーズンの中に必ずあるのが
「ニセ黄門様もの」です。
水戸のご老公がお忍びで
城下にきていることを知り、
悪徳家老が手下に探らせる。
旅芸人の一座か何かが
黄門様に間違えられ、
しめたとばかり成りすます。
悪事が露見しないように
悪徳家老はニセ黄門を
思いきりもてなす。
悪政の証拠をつかんだ
本物のご老公が登場し、
一同ひれ伏す。
数年前にゴーゴリの「査察官」を読んでの
第一印象は、この「水戸黄門」でした。
本作品で「ニセ査察官」として振る舞う
フレスタコフ。
彼は浪費家の低級官吏で、
プライドが高いだけのお調子者です。
あまりに堂々としたその振る舞いに、
市長一派はすっかり彼を
査察官だと思い込み、
おもてなし攻勢を展開させるのです。
これは時代劇で度々見かける、
ありがちなパターンです。
1835年に本作品が書かれて以降、
多くの演劇やTV・映画等の時代劇で
引用されてきたのかも知れません。
さて、水戸黄門の人気の秘密は
勧善懲悪にあると言われています。
悪党が正義の味方に
懲らしめられている姿を
TVの向こうに見て、
日頃の溜飲を下げているのです。
では、ゴーゴリもそれを狙ったのか?
それにしては市長一派の人間は
至って明るく悪党らしさがありません。
水戸黄門の悪徳商人のように、
罠を仕掛けて借金をつくらせ、
そのカタに娘を奪って
手込めにするような
非人道的な悪人ではないのです。
汚職というよりも
職務怠慢がほとんどです。
しかも、フレスタコフに市長一派の
不正を訴えた市井の人たちも、
あながち被害者とはいえません。
市長とのやりとりを読むと、
この人たちも叩けば埃が
出そうな感じが否めません。
多分、作者・ゴーゴリは、
この戯曲によって世の中に
何かを訴えようという気は
さらさらなかったのでしょう。
純粋な笑いをねらった喜劇にしか
見えません。
まあ、本書に収録されている
「鼻」「外套」もかなり滑稽でしたから。
ここはユーモアを味わうことに
徹した方がいいのでしょう。
TVの「水戸黄門」だって
基本的には喜劇なのですから。
(2020.1.22)
