「孤独」を表す「桜色」が全編にちりばめられている
「桜の森の満開の下」(坂口安吾)
(絵:しきみ)立東舎
昨年末相次いで発刊された
「乙女の本棚」の坂口安吾の2篇。
すでに「夜長姫と耳男」は
取り上げています。
今回は「桜の森の満開の下」です。
イラストレーターは「猫町」
「押絵と旅する男」「夢十夜」といった
幻想怪奇小説において、
妖艶で摩訶不思議な世界を
紡ぎ出したしきみ。
この作品から迸る「狂気」を
どう表現するのか?
ページをめくる前から
わくわくする気持ちが
抑えられませんでした。
前回書きましたが、
狂気が迸る一つめの場面は、
女を隠れ家に連れ帰った際の
女房6人の斬殺です。
当然、直接的な表現はありません。
「妖しく微笑む女と
黒髪の纏わり付いた刀刃」、
そして「殺害した後の情景、
死体の一部と刀刃」の二つで
その狂気を伝えています。
狂気が迸る二つめの場面は、
都での女の首遊びです。
残念ながらここは
花の添えられた美少女の首の
ワンカットのみです。
この醜悪さをイラスト化することには
ためらいがあったのでしょうか。
そして狂気が迸る三つめの場面は、
女を背負って山へ帰る途中の
満開の桜の下です。
ここでは男が見たであろう幻を、
極めて直接的にイラスト化しています。
般若と化した女は、
あたかも桜の化身、
いや「孤独」の化身と言えます。
狂気が迸る三つの場面は、ある意味
消化不良の感がしてなりません。
本作品の狂気を
忠実に表現してしまえば、
「乙女の本棚」という
生やさしいものではなく、
観るに堪えないものに
なってしまうからでしょう。
そのかわりにしきみが行っているのは、
全編にわたっての
「満開の桜」の表現です。
女の着物が桜色で
表されていることもあり、
すべてのイラストは
桜色が基調となっています。
ページをめくる度に桜、桜、桜なのです。
桜色で染まっているにもかかわらず、
そこには華やかさなど
微塵も感じられず、
気味の悪い静寂と
そこはかとない悲しみが
滲み出てきているのです。
「乙女の本棚」シリーズは、
絵の中に文章が入っている「絵本」では
ありません。
文学にイラストが
添えられることにより、
文学の表現している情感と
イラストによる視覚的情景が
融合することこそが
本シリーズの特質なのです。
「孤独」を表す「桜色」が、
全編に流れる通奏低音のように
ちりばめられている本書の美しさは、
乙女でなくとも一読の価値があります。
ここから坂口安吾の世界に
分け入ることができるのなら
素晴らしいと思います。
ただし狂気の世界ですが。
(2020.1.23)