面白いのは本文に続く「自作解説」です
「覆面の舞踏者」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第3巻 陰獣」)
光文社文庫
同僚・井上に誘われて
入会した秘密結社・二十日会。
次の催しは、仮面舞踏会。
会員はみなそれぞれが
わからぬよう変装と仮面で
素顔を覆い、
主催者が手配した女性と
籤引きで妖しい夜を
過ごすのだという。
「私」はその夜が明けたとき…。
怪しい秘密結社という設定は、
以前取り上げた「赤い部屋」と
似ていますが、
そちらが半ばコントの要素を
含んでいたのに対し、本作品は
洒落にならない物語となっています。
「私」がその仮面舞踏会で酔いつぶれた
翌朝に目にしたのは一通の書き置き。
「あなたはひどい人です。
あんな乱暴な人とは
知りませんでした。
井上には絶対に秘密を
守ってください。春子」と
あったのです。
自分が一夜を共にしたのは
同僚・井上の妻。
それだけならよかったのですが…。
主催者に問い合わせると、
実は招待した女性は全て会員の奥方。
夫婦が同じ組み合わせになるように
籤引きを作成し、
緊張感の中で夫婦関係を
再確認するという趣向だったのです。
そうなると自分の妻も
参加していたはず。
では一体誰と?
考えるまでもなく井上しかいません。
「私」の胸中はいかばかりか?
「一生涯消え去る時のない、
私の妻に対する、
井上に対する、
その妻、春子に対する、
唾棄すべき感情のみでありました。」
夫婦交換なぞという破廉恥なことすら
まかり通る現代においては
単なる笑い話なのでしょうが、
本作が書かれたのは
大正15年のことです。
当時の道徳観からすれば、
「私」は地獄の苦しみを味わうかのような
余生を送らざるを
得なかったのでしょう。
面白いのは本文に続く「自作解説」です。
何と本作品は「婦人の国」という
婦人雑誌に掲載されたのだとか。
いかがわしい男性雑誌ならいざ知らず、
女性誌です。
当時の貞淑なご婦人たちは、
本作品を読んで
どんな気分になったのか?
現代であればセクシャルハラスメント、
女性への冒涜、
いや、悪質な嫌がらせと捉えられても
しかたのないものです。
そう考えると、当時はいたって
寛容だったのかも知れません。
そう思いながらよく読むと、
この婦人雑誌は
短命に終わったのだとか。
乱歩の小説を掲載する女性誌が
長続きするとは到底思えません。
同じく「自作解説」の一文。
「私は妙に婦人雑誌には
縁のない男だ。
毛嫌いされているのだと思う。」
当然でしょう。
〔本書収録作品一覧〕
踊る一寸法師
毒草
覆面の舞踏者
灰神楽
火星の運河
五階の窓
モノグラム
お勢登場
人でなしの恋
鏡地獄
木馬は廻る
空中紳士
陰獣
芋虫
私と乱歩 間村俊一
(2020.1.24)
【青空文庫】
「覆面の舞踏者」(江戸川乱歩)
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