魂の深奥から絞り出したかのような作品群
「百年文庫008 罪」ポプラ社

「第三の鳩の物語 ツヴァイク」
大洪水が収まり、
世界の様子を探るために
ノアは鳩を放つ。
第一の鳩はすぐ戻ってきた。
第二の鳩は
かんらんの葉を銜えて戻ってきた。
しかし、第三の鳩は
戻ってくることはなかった。
この、戻らなかった鳩は…。
「小さな出来事 魯迅」
先を急いでいた
「私」の乗った人力車が、
飛びだしてきた老婆と接触した。
老婆はゆっくりと倒れただけで
心配はないようだ。
「何ともないよ」という
私の言葉に耳を貸さず、
車夫は老婆を助け起こすと、
ためらわずに派出所へ向かった…。
「神父セルギイ トルストイ」
将来を嘱望された
青年カサートスキイ公爵は、
婚約者の過去を知り絶望、
俗世を捨てて修道院に入る。
やがて彼は司祭となり、
セルギイの名を与えられる。
神父として名声を得るものの、
彼は自分の中に
神がいないことを悟り…。
百年文庫31冊目読了です。
本書のテーマは「罪」。
犯罪小説集かと思いましたが、
そうではありません。
3篇とも「罪」であれども
「犯罪」ではないのです。
「第三の鳩の物語」は
個人の犯罪などではなく
「戦争」という「国家」の罪。
あるいは
「人間」の罪というべきでしょうか。
「小さな出来事」は
もしかしたら被害者の老婆こそ
「当たり屋」という罪人かも知れない
可能性があります。
「罪人」となった車夫が大きく見え、
「卑小をしばり出さ」れそうになった
「私」はどうなのか?
考えさせられる短篇です。
「神父セルギイ」にいたっては
「罪」といえる部分があるのかどうか。
難しい問題です。
ここで問われている「罪」は
法律に違反しているかどうかではなく、
人間の良心に厳しく照らし合わせて
どうなのかという
根源的な問題なのです。
「罪」を正しく受け止め、
生き方に苦悩する。
それが「誠実」な生き方だと思うのです。
この3篇、作者は大物揃いです。
ツヴァイクは日本では
知られていないかも知れませんが
二度の世界大戦に抗議し、
命がけで反戦活動に取り組んだ
ユダヤ系の作家です。
魯迅とトルストイは
説明の必要もないでしょう。
大作家だからこそ書くことのできた
重厚な作品群です。いや、
こうした作品を書き上げたからこそ
大作家として認められたのでしょう。
魂の深奥から絞り出したかのような
心に響く傑作3編、
いかがでしょうか。
(2020.1.28)
