こういう作品が日本になぜない
「秘密の花園」
(バーネット/土屋京子訳)
光文社古典新訳文庫

クレイヴン家で
10年もの間封印されていた
「秘密の花園」を再生させたのは
3人の少年少女だった。
両親の急逝により
家に引き取られた少女・メアリ。
家政婦マーサの弟・ディコン。
そしてクレイヴン家の一人息子で
病弱な少年・コリン…。
前回取り上げた「秘密の花園」。
本書は児童文学の名作と
定評がありますが、
けちをつけようと思えば
いくらでもつけられる、
構成上の欠陥をはらんだ
小説でもあります。
主人公メアリは、章を追うごとに
存在感が薄くなる。
メアリが唐突に良い子になった感が
否めない。
子ども向けなのか大人向けなのか
はっきりしない等々。
でも、何度読んでも感動します。
私は少年少女の成長物語に弱いのです。
年甲斐もなく胸にジーンと響いて
しかたありません。
さて、冒頭に記したとおり、
物語は3人の少年少女を中心に
進んでいきます。
仕事一辺倒の父親と
社交界好きの母親に見放されながら
育った少女メアリ。
愛されることも愛することも知らずに
10歳まで生きてきたのです。
ある日、家族はメアリを除いて
伝染病でみな死んでしまいます。
彼女は引き取られた家で10年間誰も
足を踏み入れたことがないという
「秘密の花園」を見つけます。
鳥や動物と
話をすることのできるディコン。
鳥の声を理解し、
植物の育て方を熟知し、
自然にとけ込んで生きています。
どこまでもまっすぐな少年は、
メアリとともに、
「秘密の花園」の再生に取り組みます。
そして病弱で偏屈なコリン。
彼もメアリ同様、
父親の愛を受けることができずに
生きてきた少年です。
メアリと出会い、
性格がすさんでいたコリンに、
やがて変化が訪れます。
彼もまた
「秘密の花園」の一員となります。
前回は「メアリの成長物語」として、
その文学的価値について
とらえてみましたが、
本作を「少年少女3人の成長物語」として
読んだ場合、
エンターテインメント性が
より大きく感じられます。
男子2人に女子1人の
男女の黄金比率ということもあり、
明るく爽やかに物語は進行します。
それにしても、
こうした海外作品を読むにつけて、
いつも思います。
どうして日本にはこのような
少年少女の成長物語が
書かれなかったのだろうと。
作者バーネットは1849年生まれ。
森鴎外よりも夏目漱石よりも
20年以上早く生まれています。
明治の文豪がそろいもそろって
難しいことばかり書いていたときに、
海の向こうでは
少年少女が親しめる名作が
いくつも生まれていたのです。
アメリカではバーネット以後、
1856年生まれのボームが
「オズの魔法使い」、
1863年生まれのポーターが
「そばかすの少年」、
1876年生まれのウェブスターが
「あしながおじさん」を書いています。
目立つところでもこれだけあります。
鴎外の「舞姫」や漱石の「こころ」、
太宰の「人間失格」は
確かに素晴らしい作品ですが、
本作品のような少年少女の成長物語が
名作として存在していれば、
私たちの国の子どもたちはもっと
読書好きになっていたのではないかと
思われてなりません。
※前回取り上げた畔柳訳に比べて
本書土屋訳は、
ヨークシャー訛りをあまり意識して
訳していないため、
読みやすくなっています。
どちらがいいか(適切か)は
何ともいわれませんが。
(2020.2.2)
