「ある小さなスズメの記録」(キップス)

共に生きるということ

「ある小さなスズメの記録」
(キップス/梨木香歩訳)文春文庫

第二次大戦中のロンドン郊外で、
脚と翼に障碍を持つ
スズメの雛が拾われた。
深い愛情に包まれて
育ったスズメは、
俳優のように舞台で演技し、
歌手のように音楽をさえずる。
それはやがて戦時下の人々の
希望の灯となっていく…。

読んだ後に、
時間をかけてゆっくりと、
心の中にいろいろな想いが
染み出してくるような本があります。
この本がまさにそうです。

涙が止まらなくなるような
作品ではありません。
動物物語にありがちな、
ドラマチックな脚色は
一切施されていないからです。
本書はあくまでも
表題通り「記録」であり、
起きたことを淡々と
記録しているだけなのです。
著者キップスの語り口も、
訳者梨木香歩の筆も、
感情を抑えながら、
ありのままを伝えようとしています。

だからこそ、
そこに記録されてあるものが、
時間をかけてじわじわと
心に染みてくるのです。
読み終えて一週間経つのですが、
「共に生きる」とはどんなことか、
心の中で反芻している状態です。

スズメは、
生まれつきの障碍を持つものの、
芸を披露したり、歌を歌ったり、
さまざまな能力を発揮し始めます。
弱肉強食の自然界で
生きていくことは
できなかったのですが、
しっかりと自分の存在する場所を
獲得しているのです。

また、スズメは、
人間でいうところの脳卒中に倒れます。
しかし、そこからさらに
懸命に生きようとします。
家の外の世界で空を羽ばたいている
他のスズメたち以上に、
力強く生きようとしているのです。

著者もまた、
ただかわいがるだけではなく、
生きるものとしてのスズメの尊厳を
傷つけることなく、
共に生きようとしています。
冷静な記録の行間から、
生きるものへの畏敬の念が
ひしひしと伝わってきます。

さて、私事になるのですが、
私の長男も障碍を担って生まれました。
養護学校の高等部を卒業、
地元の福祉施設に通っていました。
知能障害に加え、
歩行も困難となったため、
ベッドと車椅子の生活です。
食事も排泄も
全力を使う作業となります。
生活の一つ一つに
時間がかかるのですが、
それでも自分のできることは
自分でやろうとしています。
親である私も、
著者のように「共に生きる」姿勢を
貫きたいと思っています。

生命とは何か、
生きるとはどんなことか、
考えるきっかけになる一冊です。
中学校1年生に薦めたいと思います。

(2020.2.4)

PexelsによるPixabayからの画像

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA