本作品の主題は何なのか?
「仙人(1922)」(芥川龍之介)
(「蜘蛛の糸・杜子春」)新潮文庫
「仙人(1922)」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集5」)ちくま文庫
権助という男が
「仙人になりたいので、
そういう所へ
住み込ませて欲しい」と
口入れ屋に申し入れる。
番頭は近所の医者を紹介する。
医者の妻は
「20年間無給で奉公すれば
仙人になる術を教える」と告げ、
権助を住み込ませる…。
芥川龍之介は仙人に
あこがれていたのでしょうか、
「杜子春」をはじめとして
仙人の登場する作品を
いくつか書いています。
杜子春は最終的に、
仙人になることはできませんでしたが、
こちらの権助はどうでしょうか。
医者夫婦との約束の20年が過ぎ、
権助は術の伝授を
医者の妻に請います。妻は
権助に庭の松の木に登るよう指示し、
さらに両手を離すよう命じます。
すると権助の体は…。
面白い話なのですが、
私にはどうにも芥川らしさが
感じられなくて困ってしまいます。
芥川特有の切れ味鋭いオチが、
この作品には見当たらないのです。
芥川の小説をほとんど
読んでいないような
中学生あたりであれば、
「信じる者は救われる」的な教訓を
そこに読み取るのではないかと
思います。
しかし、芥川がそんな単純で
まともなことを主題にするとは
どうしても思えないのです。
権助が仙人となって
雲の中へのぼっていたあと、
医者の妻が同じように松の木に登り、
手を離したなら、
真っ逆さまに堕ちて亡くなった、
くらいの皮肉を書きそうなものです。
では、本作品の主題は何なのか?
①最後の3行で引き合いに出した
淀屋辰五郎。
欲を出せば破滅することと対比し、
権助の行為を引き立たせる。
でも、これも芥川のオチとしては
ゆるいと感じます。
②同じく最後の三行にある
「医者夫婦はどうしたか、
それは誰も知っていません」。
何となく「羅生門」の、
「下人の行方は、誰も知らない」を
彷彿とさせます。権助を
20年ただ働きさせたのですから、
それなりに蓄財できたのでしょうが、
その後の凋落を伺わせる
表現と言えます。
でもこれも弱いでしょう。
よく考えると、
本当はいかに努力しようとも
仙人になどなれるはずがないのです。
20年努力したら、
天下の難所にトンネルができました
(菊池寛「恩讐の彼方に」)とは
わけが違います。
もしかしたら、この作品を読んだ読者が、
「そうか、無欲で一生懸命
努力することが大切なんだ」という
安易な道徳的感想を持つことを想定し、
それを芥川が陰でほくそ笑んでいる、
というのがオチなのでしょうか。
(2020.2.6)
【青空文庫】
「仙人」(芥川龍之介)