主人公はすべてスーパー少年少女
「少年間諜X13号」(山本周五郎)
新潮文庫
満州の北の戦線、
ロシアの駐屯兵営では
日本軍殲滅作戦が練られていた。
日本軍が進軍予定の兵営地に
ベレゾフ少尉が
爆薬を仕掛けたというのだ。
そしてそこでは
二十数名の日本人捕虜が、
今にも非道な虐待を
受けようとしていた…。
「逆撃吹雪を衝いて」
観戦記者として
エチオピアに渡った佐伯哲一は、
英雄カデロ将軍と面会する。
その席に銃が放たれ、
刺客が捕らえられるが、
その刺客は何者かに
背後から撃たれ絶命する。
直後に現れたマジ将軍の
振る舞いに怪しさを感じた
哲一は…。
「獅子王旗の下に」
特務機関に所属する
少年・東忠三は、
満州国とソ連との間に
緩衝地帯としてケルレン独立国を
立ち上げる密命を受ける。
ケルレン国の宗順将軍とともに
大陸へ渡ろうとする東に、
独立を阻止しようとする勢力・
朱銭会の魔の手が伸びて…。
「血史ケルレン城」
時代物人情物で有名な山本周五郎が
スパイ活劇を書いていたと聞くと
驚かれる方も多いかも知れません。
本作品集は「周五郎少年文庫」と題された
シリーズの一つであり、
戦前に発表された
少年向けの冒険小説集です。
どれもこれも現代の物差しを持って
大人が読むと噴飯ものなのですが、
娯楽のほとんどない昭和初期の
少年の心で読み進めると、
まさに血湧き肉躍る
大スペクタクルロマンなのです。
その最も大きな要素は、
主人公がすべて
スーパー少年少女(17歳くらいと
考えられる)であることです。
「逆撃吹雪を衝いて」で活躍するのは
女スパイ・大林公子。
中国人少年に変装して
ロシア軍に接近し、
敵のスパイを追跡して射殺し、
敵の秘密を本隊へ知らせ、
人質救出作戦の最前線で活躍する。
少年、いや大人ですら危険な任務に、
うら若き乙女がついて大丈夫か?
そんな疑念も何のその。
敵に鉄槌を下す前に
志那服をかなぐり捨て、
女学生服の正体を現す。
女学生服の上に中国服を着ていて
よくばれなかったな、などと
野暮なことを言ってはいけないのです。
頭の中で映像化してみれば、
しびれるほどに素敵なのですから。
「獅子王旗の下に」の佐伯哲一は
十八歳の記者。
将軍暗殺を阻止し、
豹使いの少女(!)と仲良くなり、
密林を駆け回り、
屈強な兵士を一撃で粉砕し、
捕虜になっても機転を利かせて脱出し、
イスラエルとイタリア軍の間に立って
奮闘する。
年端もいかない駆け出し記者がなぜ?
そんな疑問は不必要なのです。
年をとっていては魅力が激減します。
好青年だからこそ絵になるのです。
「血史ケルレン城」の東忠三に至っては
非の打ち所が全くありません。
荒くれ者数人を素手で打ちのめし、
銃撃を受けてもかすり傷一つで生還し、
罠に落ちそうになっても余裕でかわし、
船を乗っ取られても奪還し、
敵の娘のロシア少女と仲良くなり、
爆弾を仕掛けられても上手にすり抜け、
戦闘機を操縦して敵基地を攻撃し、
最後には悪の首領と一騎打ちの末、
勝利を収める。
英国諜報部員007顔負けの
特務員ぶりです。
細かい筋書きの矛盾には目もくれず、
ひたすら主人公の
「かっこよさ」のみを追求した
山本周五郎の傑作大活劇。
かつて「少年」だった
大人のあなたにお薦めします。
※本書は全8編の作品集ですが、
全530頁と大容量のため、
前半の3編を読んだところで
一休みしました。
(2020.2.7)