少年から大人へと移行する、その入り口
「少年」(神西清)青空文庫
「私」はよく胸苦しい夢を見る。
その原因は台湾へ移り住むときの
船の揺れに起因しているらしい。
「私」は少年期を、
父の仕事の都合から
台湾で過ごした。
それは「私」の
少年期の終わりであり、
大人の入口を
垣間見た時期であった…。
昨日取り上げた「恢復期」の
あまりの素晴らしさに、
神西清作品を
青空文庫で探してみました。
本作品は、作者自身の経験をもとにした
自伝的私小説です。
ここで注目したいのは、
少年の「性への目覚め」を、
性的な言葉を一切使わずに
見事に描出しきっているところです。
場面①友人・河合との遊びの場面
「河合はいきなり或る種の行為を
少年に強ひた。
少年が驚いたのは、
何もそれが最初の
経験だつたからではない。
少年はまだ東京にゐた頃、
家主の息子である中学生から、
同じ経験を味はされてゐた。
少年が驚いたのは、
またしてもここに、
同じ嗜好の持主がゐたといふ
事実の方である。」
何が何だか分からない少年の戸惑いが
実に客観的に表されています。
作者はこれを
「好奇心の発現すら、
跡をとどめてゐない」
と分析しています。
場面②友人の姉・安子との遊びの場面
「時をり彼女は、
砂糖黍の畑にひよいと隠れて、
はげしい水音を
立てはじめることがあつた。
水音は、少年の心に、
さながら「女王の営み」とでもいつた
犯しがたい神聖感をもつて
ひびいた。
少年の心には、
女王の秘密を守護する
騎士のやうな誇りさへ、
なかつたとは言ひ切れない。」
この段階でも
性への目覚めの一歩手前なのでしょう。
「やうやく自然の目覚めを
迎へようとしてゐた」とあります。
場面③若い女中・美代と
盥を挟んで向かい合っていた
魚屋の目線を追ったとき
「浅い盥の向うに、美代の
前面がぴんと張りひろげられ、
そこに小鳥が一羽、
点々と白い斑らのある
黒い羽なみを立ててゐるのだつた。
じつと汗ばむやうな、
並々ならぬ
一種の精気がただよつて見える。」
魚屋の顔に浮かんだいやらしい冷笑を、
「自分自身の上にも感じて、
それがやり切れなかつた」と
とらえています。
もちろん性への目覚めの部分は
一部に過ぎません。
しかしそれも含めて
少年が大人へと移行するその入り口を、
鋭敏な切り口でとらえ、
美しい日本語で
的確に表現している作品は
他になかなか探せないのではないかと
思うのです。
作者・神西は完璧主義であり、
その作品数は決して多くはありません。
しかし、だからこそその作品は、
上質のワインのように
馥郁たる芳香を放っています。
(2020.2.9)
【青空文庫】
「少年」(神西清)