戦争は軍隊だけが引き起こすのではありません
「少年間諜X13号」(山本周五郎)
新潮文庫

信吉・太一の二人は
山峡への調査の帰途、道に迷い、
人影のない社に野宿を決めた。
真夜中に信吉が目を覚ますと、
少女が家族に伴われて
やって来た。
彼女は生け贄になるのだという。
村の沼には悪神が棲んでいて
祟りを起こすのだと…。
「暗闇堂の魔人」
シンガポールの地で
身を崩していた少年・辰二は、
日本へ帰り、
真人間になることを決意する。
しかし、日本への
旅費を手に入れるには、
中国人の豪邸に
忍び込むしかない。
邸内に忍び込むと、
そこにいたのは
かつての恩人であった…。
「日本へ帰る船」
先週取り上げた山本周五郎の
「少年間諜X13号」。後半の5編です。
こちらは前半3編とは
やや色合いが異なります。
「暗闇堂の魔人」はSFに近い作品であり、
大型捕食植物の恐怖と
その秘密を探り、少女を救出する
少年の活躍を描いています。
また「日本へ帰る船」は、
戦時中のシンガポールを舞台にした、
周五郎得意の人情物です。
中国戦線に駐屯している
白骨大隊は、
苦戦を強いられていた。
戦線最右翼に位置している
三人の二等兵・寒川・尾崎・岡本は、
本体から
離れてしまったのを機に、
最も頑強な
堡塁の占領に成功する。
彼らは「無敵三人組」と
呼ばれていた…。
「壮烈堡塁奪取」
吃九こと二等兵・柿内九太郎は、
六人の中国人兵を相手に
戦功を上げた。
しかしその後、
怒りにまかせて軍規を破り、
謹慎処分を受ける。
折しも南台高地の
敵要塞を爆破するため、
決死隊が編成されていた。
吃九はそれに志願するが…。
「悲壮南台の爆死」
こちらの2編は戦争ものです。
前半3編と共通するのですが、
少年ではなく青年が主人公であることと、
戦闘描写が生々しく、
悲劇的な幕切れであることが特徴です。
国家に殉じることを
美化した作品であり、軍国主義の
プロパガンダのような作品です。
なぜ山本周五郎ほどの作家が、
いかに戦時中とはいえ、
このような作品を
書かなければならなかったのか?
その疑問は
表題作の一篇で頂点に達します。
日米開戦が迫る中、
少年・大和八郎に
秘密の命令が下る。
葛木博士に
秘密文書を届けるのだ。
八郎は指定の場所に
到着するやいなや、
葛木博士殺害を敢行する。
博士が偽物であることを
見抜いたのだ。
八郎は特務機関
少年間諜X13号…。
「少年間諜X13号」
本作品の主人公・大和八郎は
少年であり、彼が指揮する一隊もまた
少年兵の集まりなのです。
問題は八郎が発する台詞です。
「二三日などと云う
ケチな休暇はいりません。
戦死をすれば永久に休めます。」
「諸君は祖国のために
命を投げ出すか!?」
「こんど会うのは地獄だ、
立派に死んでくれ給え!」
「死ぬも生きるも奉公だ」
なんと少年が少年に
死ぬことを要求しているのです。
太平洋戦争末期の
学徒出陣の一歩上を行く、
読むに堪えない内容です。
戦闘描写も惨すぎます。
敵の飛行船にはじめから
体当たり作戦を敢行する場面は、
後に現実となる「特攻隊」そのものです。
そして八郎少年は
それを称揚しているのです。
本作品が書かれたのは昭和7年。
戦争による権益拡大が
国策によって進められ、
日本全土が
狂気に包まれていた時代です。
当時本作品を読んだ少年たちが、
戦線に立つことを
憧れるようになったとしても
不思議ではありません。
子どもたちの未来が歪められることに
荷担したといわれても
仕方のない作品だと思います。
もちろん周五郎だけがこのような
少年向け戦意高揚作品を
描いたのではありません。
後世に名の残らなかった多くの作家が
書いていたはずです。
戦争は軍隊だけが
引き起こすのではありません。
体制に迎合した人間すべてが
荷担した結果として
戦争は始まるのです。
現代に生きる私たちが本作品から
学ぶべき点は多いと思います。
(2020.2.14)
