
人形佐七、めでたくデビュー
「羽子板娘」(横溝正史)
(「羽子板娘」)角川文庫
(「定本 人形佐七捕物帳一」)
春陽堂書店
小料理屋の娘・お蝶が
何者かに殺される。
お蝶は江戸三小町の一人として
羽子板に描かれるほどの
美しい娘だった。
ところが小町三人のうち、
お蓮もまたすでに
事故死していた。
そして今また、もう一人の
お組の行方がわからなくなる…。
横溝正史の時代物ミステリ・シリーズ、
人形佐七捕物帳。
全百八十話の栄えある第一作が
本作品「羽子板娘」です。
佐七はこの事件をどう解決し、
岡っ引きとしてのデビューを飾るのか?
【捕物帳〇〇一「羽子板娘」】
お源
…小料理屋辰源のおかみ
お蝶
…お源の娘。器量よし。
羽子板娘となった江戸三小町の一人。
殺害される。
紋三郎
…大工の若者。お蝶と逢い引き。
お市
…辰源の女中頭。
お組
…神田お玉が池の質屋・紅屋の娘。
江戸三小町の一人。行方不明となる。
お園
…お組の継母。
お葉
…お組の伯母。
清兵衛
…紅屋の番頭。
お蓮
…深川境内の水茶屋の娘。
江戸三小町の一人。事故死する。
山の井数馬
…剣道指南役。鬼瓦の紋所を持つ。
吉兵衛…御用聞き。佐七の親代わり。
お千代…市兵衛の女房。
お仙…佐七の母親。
佐七
…御用聞き。数えで二十二。
色白の好男子。人形佐七と呼ばれる。
〔事件の概要〕
⑴羽子板三人娘のお蓮、川に転落死。
その初七日の晩、首を切られたお蓮の
羽子板が何者かに投げ込まれる。
⑵お蝶、何者かに呼び出され、
刺殺死体で発見される。
現場には首を切られたお蝶の羽子板。
⑶お組、行方不明となる。
⑷佐七、事件解決。
本作品の味わいどころ①
人形佐七鮮烈デビュー
前述したように、本作品は
人形佐七捕物帳第一話であり、
佐七のデビュー作品なのです。
佐七は名うての岡っ引き、
江戸のいわゆる名探偵なのですが、
第一話ではもちろん駆け出しです。
でも、描かれ方は今ひとつです。
「男振りがいいところから、
とかく身が持てず、
人形佐七と娘たちから
ワイワイいわれるかわりに、
御用のほうは
おるすになる」のですから、
困ったものです。
それでも二十二歳になったのを機に、
頭脳の明晰さを発揮していくのです。
美女連続殺人事件かと思われた事件を
見事に解決、
最後の一人の命を助け出すのに
成功するのです。
この、全百八十話の幕開けとなる、
人形佐七のデビュー捕り物の
一部始終こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
羽子板娘連続殺人事件
お蓮の初七日の日に投げ込まれたのは、
首を切られたお蓮の羽子板。
そしてお蝶の死体のそばにも
同様の羽子板が残されていたのです。
三小町が一人ずつ死亡し、
殺害を暗示した羽子板が発見される。
つまり最後の一人も同様に殺害される
可能性が高いのです。
いかにも横溝らしい
おどろおどろしい設定です。
実はこの設定、
クリスティの「ABC殺人事件」から
着想を得たものといわれています。
連続殺人事件のように見せて、
その奥に真の動機を隠す構造、
そして読者をミスリードする巧妙さ、
そうした「ABC」の
根幹部分をそのままに、
しかし表面は全く異なる形で日本の、
しかも江戸時代に
すんなり溶け込ませるあたり、
横溝の器用さが現れています。
この、奇っ怪な羽子板娘連続殺人事件の
謎解きを楽しむことこそ、本作品の
第二の味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
ところで横溝はこの設定を
よほど気に入ったのでしょう。
実は、本作品発表の翌年(1939年)、
由利・三津木シリーズの
「銀色の舞踏靴」にも応用させています。
そちらもご賞味ください。

本作品の味わいどころ③
時代物ならではの推理
佐七の捜査は、
被害者をおびき寄せた鏡の位置から
下手人の立ち位置を特定したくらいで、
そうした捜査から導いた推理は
まったくありません。
それどころか下手人特定の決め手は、
佐七がたまたま知っていた
「状況証拠となる事実」をもとに
事件の筋書きを
想像してみただけであり、
ほとんど直感としか
いいようのないものなのです。
時代物ならではの
「緩い」推理といえなくもありません。
でもそこがいいのです。
現代の犯罪捜査では
物証が決め手となって
推理の余地が狭まります。
物証が乏しいこと、そして
捜査手法が
きわめて限定的であることにより、
佐七の推理(というよりも想像力)が
大きく引き立つのです。
この、時代物特有の
なんともいえない「推理」こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
時局が厳しくなり、
探偵小説が書きにくくなった折に、
横溝正史が軸足を一時的に移した
人形佐七捕物帳。
面白さ満点です。
全百八十話、
すべて味わい尽くしましょう。
まずは佐七デビュー作の本作品から
ご賞味ください。
(2020.2.17)
〔「定本 人形佐七捕物帳」刊行!〕
春陽堂書店より、
「完本人形佐七捕物帳」が
全十巻の予定で
刊行が開始されました。
最新の研究により、
全百八十篇と確定された全作品が
全集化されるのは
喜ばしいことです。同じように
金田一ものをはじめとする
探偵小説全集の登場を
願っています。
〔「羽子板娘」角川文庫〕
羽子板娘
恩愛の凧
浮世絵師
石見銀山
吉様まいる
水芸三姉妹
色八卦
うかれ坊主
〔「完本 人形佐七捕物帳一」〕
羽子板娘
謎坊主
歎きの遊女
山雀供養
山形屋騒動
非人の仇討
三本の矢
犬娘
幽霊山伏
屠蘇機嫌女夫捕物
仮面の若殿
座頭の鈴
花見の仮面
音羽の猫
二枚短冊
離魂病
名月一夜狂言
螢屋敷
黒蝶呪縛
稚児地蔵
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〔復刊!横溝正史〕


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