「文庫解説ワンダーランド」(齋藤美奈子)

世にはびこるぼけぼけ解説・意味なし解説を一刀両断!

「文庫解説ワンダーランド」
(齋藤美奈子)岩波新書

文学作品の文庫本の巻末に
付されている「解説」。
作品の成立背景、
執筆当時の時代や環境、
作者の思想背景などが
作品理解に必要となるケースが
数多くあるにもかかわらず、
読み飛ばされることの多い「解説」。
ところがなんと、
その「解説」の「解説本」なるものが
出版されていました。

早速読んでみました。
抜群の面白さです。
同じ作品の出版元の違いによる
解説比較など、
思いもよりませんでした。

まずは漱石「坊っちゃん」の解説を
徹底比較しています。
新潮文庫の江藤淳の解説を
「坊っちゃん=敗者の文学」論として
紹介したかと思えば、
岩波文庫の平岡敏夫解説を
「佐幕派=戊辰戦争負け組」の影を
見いだせるものと指摘。
角川文庫・池内紀解説を
「エッセイ風味で逃げ切っている」、
集英社文庫・渡部直己解説は
「読者がとてもついていけない」と
批評しています。

そうか、解説がこれだけ多種多様なら、
私のような凡人も、人と違うことを
考えてもいいじゃないか。
そんな安心感を得ることができました。

続いて川端康成
「伊豆の踊子」「雪国」では、
多くの川端解説を
「ぼけぼけの解説が
作品理解を妨げる」と一蹴します。
例としてあげられた川端作品の
解説執筆者は、三島由紀夫
竹西寛子、伊藤整、…。
優れた文学者たちです。

太宰「走れメロス」にいたっては
さらに過激になります。
岩波文庫井伏鱒二の解説を
「最後は太宰の私信を
 (勝手に?)引用して終わりって、
 ふざけてんの?」
角川文庫相馬正一と伊馬春部に対しては
「評伝に近い内容」
「いきなりボヤキだ」
「もう一度いうけど、ふざけてる?」

解説(作品ではなく)を好きなように
一刀両断にする。
多くの批評家たちができなかった
(やろうともしなかった)ことを、
見事にやってのけた齋藤美奈子は
素晴らしいと思います。
これぞプロの文芸評論家の仕事です。

そしてそれを出版してしまった
岩波新書も
同様に素晴らしいと思います。
これまでの感覚でいえば、
PHP新書や双葉新書あたりの
守備範囲だと思うのですが、
最もお堅い岩波新書か出たのです。
お見事です。

この本をきっかけに、
解説を含む巻末資料の改善と充実を、
各文庫本出版社が
検討してくれることを願っています。
作品本文のテキストだけが
「本」ではありません。
巻末資料や装幀も含めての
「本」なのですから。

※参考までに、小見出し一覧を。
 これだけでもワクワクします。
・夏目漱石「坊っちゃん」
  四国の外で勃発していた
  解説の攻防戦
・川端康成「伊豆の踊子」「雪国」
  伊豆で迷って、
  雪国で遭難しそう
・太宰治「走れメロス」
 走るメロスと、
  メロスを見ない解説陣
林芙美子「放浪記」
  放浪するテキスト、
  追跡する解説
・高村光太郎「智恵子抄」
 愛の詩集の陰に編者の思惑あり
・サガン「悲しみよ こんにちは」
 カポーティ「ティファニーで朝食を」
  翻訳者、パリと
  ニューヨークに旅行中
・チャンドラー「ロング・グッドバイ」
 フィッツジェラルド
 「グレート・ギャッツビー」
  ゲイテイストをめぐる
  解説の冒険
・シェイクスピア「ハムレット」
  英文学か演劇か、それが問題だ
・バーネット「小公女」
  少女小説(の解説)を舐めないで
・伊丹十三
 「ヨーロッパ退屈日記」「女たちよ!」
  おしゃれ系舶来文化の
  正しいプレゼンター
・新渡戸稲造「武士道」
 山本常朝「葉隠」
  憂国の士が憧れるサムライの心得
・庄司薫「赤頭巾ちゃん気をつけて」
 田中康夫「なんとなく、クリスタル」
  ン十年後の逆転劇に気をつけて
・吉野源三郎「君たちはどう生きるか」
 マルクス「資本論」
  レジェンドが鎧を脱ぎ捨てたら
・柴田翔「されどわれらが日々―」
 島田雅彦
 「優しいサヨクのための嬉遊曲」
  サヨクが散って、日が暮れて
・小林秀雄
 「モオツァルト・無常という事」
  試験に出る
  アンタッチャブルな評論家
・小林秀雄「Xへの手紙」
 吉本隆明「共同幻想論」
  窓からコバヒデが降ってくる
・夏目漱石「三四郎」
 武者小路実篤「友情」
  悩める青年の源流を訪ねて
・村上龍
 「限りなく透明に近いブルー」
 「半島を出よ」
  限りなくファウルに近いレビュー
・松本清張「点と線」「ゼロの焦点」
 トリックの破綻を
 解説刑事が見破った
・赤川次郎「三毛猫ホームズ」シリーズ
  私をミステリーの世界に
  連れてって
・渡辺淳一「ひとひらの雪」
  解説という名の「もてなし」術
・竹山道雄「ビルマの竪琴」
 壷井栄「二十四の瞳」
 原民喜「夏の花」
  彼と彼女と「私」の戦争
・野坂昭如「火垂るの墓」
 妹尾河童「少年H」
 百田尚樹「永遠の0」
  軍国少年と零戦が復活する

(2020.2.26)

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