味わうべきはもちろん源氏の流儀
「源氏物語 末摘花」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館
荒れ果てた屋敷で
ひっそりと暮らす
故常陸宮の姫君の
噂を聞きつけた源氏は、
侍女の手引きで姫と逢う。
ところが姫君は
ひどい引っ込み思案で
和歌の素養がまるで無かった。
ある朝、雪明かりの中で
姫の容貌を見た源氏は
言葉を失う…。
源氏物語第六帖「末摘花」。
第四帖「夕顔」がホラー作品だとすれば、
こちらはコメディタッチです。
なにしろ
無口でひどくおとなしい姫君の顔を、
何度目かの逢瀬を重ねた朝に
よくよく見てみると、
「あなかたはと見ゆるものは
鼻なりけり。
ふと目ぞとまる。
普賢菩薩の乗物とおぼゆ。
あさましう高うのびらかに、
先の方すこし垂りて
色づきたること、
ことのほかにうたてあり。」
(ぶかっこうなのは鼻だった。
普賢菩薩の乗り物、
象の鼻のようだ。
驚くほど高く長く、
先の方がやや垂れ下がって
赤みがかかり、
なんともひどいものだ。)寂聴訳
醜女の末摘花の
あまりにひどい書かれように、
作者の底意地の悪さを
感じなくもない帖なのですが、
ここで味わうべきはもちろん
女性に対する源氏の流儀なのです。
初めて契った夜のあまりの無反応さに、
源氏はあきれかえります。
注目は後朝の文です。
この時代の男女の習わしとして、
一緒に過ごした夜が明ける前に帰宅し、
女に文を送る習慣がありました。
その文が女の元に届く時刻が
早ければ早いほど、
女に対する男の情愛が
強いということなのです。
末摘花に対しての源氏の後朝の文は…。
朝を過ぎ昼を過ぎ、
夕方になってようやく送られたのです。
しかもその歌のはじまりは「夕霧の」。
後朝でも何でもないのです。
しかも源氏は
それが作法に反していることにも
罪づくりなやり方であることにも
気づいていないのです。
恋に長けた源氏であってすら
こうした心境になるほど、
末摘花は女性としての魅力に
欠けていたのです。
ところが、何度目かの関係を重ね、
ついに彼女の容貌を見てしまった後の
態度の変容にこそ
源氏らしさが現れているのです。
姫の面倒を見ることができるのは
自分くらいであろう、
そしてこの縁は亡き常陸宮の
魂の導きだろうと考え、その後、
経済面での支援を行っていきます。
彼女の位の高さを
無視できなかったことも
あるのでしょうが、
無口で嗜みのない
醜女であるにもかかわらず、
その振る舞いに奥ゆかしさを見出し、
関係を続けようとする。
源氏の女性に対する寛容さ、
現代風の言葉で言えば
ストライク・ゾーンの広さこそ、
源氏の魅力であり、
女性に対する源氏の流儀なのです
(ちなみに男性に対しては
後の柏木に対する態度をはじめとして
不寛容さが目立つのですが)。
源氏物語の中では緊迫感に欠ける
ゆったりとした雰囲気の帖なのですが、
これは次の「紅葉賀」以降の、
嵐のような展開の前の
一時の安らぎなのでしょう。
※源氏:18~19歳
紫の君:10~11歳
葵の上:22~23歳
藤壺:23~24歳
末摘花:不明
〔前帖〕
〔次帖〕
(2020.2.28)
【源氏物語】
01 桐壺
02 帚木
03 空蝉
04 夕顔
05 若紫
06 末摘花
07 紅葉賀
08 花宴
09 葵
10 賢木
11 花散里
12 須磨
13 明石
14 澪標
15 蓬生
16 関屋
17 絵合
18 松風
19 薄雲
20 朝顔
21 少女
22 玉鬘
23 初音
24 胡蝶
25 蛍
26 常夏
27 篝火
28 野分
29 行幸
30 藤袴
31 真木柱
32 梅枝
33 藤裏葉
34 若菜上
35 若菜下
36 柏木
37 横笛
38 鈴虫
39 夕霧
40 御法
41 幻
00 雲隠
42 匂兵部卿
43 紅梅
44 竹河
45 橋姫
46 椎本
47 総角
48 早蕨
49 宿木
50 東屋
51 浮舟
52 蜻蛉
53 手習
54 夢浮橋
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