2通の手紙の文面から滲み出てくるもの
「ラブ・レター」(浅田次郎)
(「日本文学100年の名作第9巻」)
新潮文庫
歌舞伎町の
裏ビデオ店店長・吾郎は、
警察での拘留を解かれたあと、
「女房」が死んだと告げられる。
それは本当の妻ではなく、
ヤクザから偽装結婚を依頼された
中国人売春婦・白蘭のことだった。
彼女からの手紙を読んだ
吾郎はなぜか…。
前回の「天国までの100マイル」同様、
映画化やテレビ化された
浅田次郎の名作短篇です。
やはり女性が泣かせてくれます。
いや、泣かせるのは
女性が吾郎に宛てた2通の手紙です。
「救急車で病院来ました。
痛くて眠られないので書いてます。
明日はもう書けないと思います。」
不法労働のため病院にも行けず、
手遅れの状態で病院に運ばれる。
手紙は自らの死を覚悟した、
いわば「遺書」なのです。
「結婚ありがとうございました。
謝謝。
みんなやさしいけど、
吾郎さんがいちばんやさしいです。
謝謝。多謝。」
名義を貸しただけ、
いや結果的には金のために
食い物にしたにもかかわらず、
感謝の気持ちを表されて、
吾郎の心は揺さぶられます。
「私が死んだら、
吾郎さん会いに来てくれますか。
もし会えたなら、お願い一つだけ。
私を吾郎さんのお墓に
入れてくれますか。
吾郎さんのお嫁さんのまま
死んでもいいですか。」
「心から愛しています
世界中の誰よりも。
吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん
吾郎さん吾郎さん吾郎さん吾郎さん
吾郎さん。再見。さよなら。」
涙腺を刺激するフレーズが、
手紙には幾たびも現れます。
なぜ会ったことのない吾郎に
白蘭は愛を語るのか?
それを考えたとき、
2通の手紙の文面からは、
実にさまざまなものが滲み出てきます。
一度も会ったことのない吾郎を、
愛するしかなかった白蘭の悲しみ。
写真でしか見たことのない吾郎を、
優しい人と
願うしかなかった白蘭の辛さ。
名義上の夫にしかすぎない吾郎を、
信じるしかなかった白蘭の孤独。
唯一自分と繋がっている吾郎に、
死後のことを
託すしかない白蘭の苦しみ。
吾郎は、白蘭にとって
空想上の理想の男性であり、
救いの神だったのでしょう。
外国人売春婦の実態や
その生命の軽さなど、
日本社会の抱える問題も
想起されるのですが、
そうしたもの一切が覆い隠されるほど、
手紙は美しく、気高く、
読み手の心を震わせます。
浅田次郎の真骨頂、
春の読書にいかがでしょうか。
※本作品は、本書のほか、
集英社文庫「鉄道員(ぽっぽや)」
にも収録されていて、
そちらの方が有名でしょう。
〔本書収録作品一覧〕
1994|塩山再訪 辻原登
1995|梅の蕾 吉村昭
1996|ラブ・レター 浅田次郎
1997|年賀状 林真理子
1997|望潮 村田喜代子
1997|初天神 津村節子
1997|さやさや 川上弘美
1998|ホーム・パーティー 新津きよみ
1999|セッちゃん 重松清
1999|アイロンのある風景 村上春樹
2000|田所さん 吉本ばなな
2000|庭 山本文緒
2001|一角獣 小池真理子
2001|清水夫妻 江國香織
2003|ピラニア 堀江敏幸
2003|散り花 乙川優三郎
〔浅田次郎の本はいかがですか〕
(2020.3.4)
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