「天国までの百マイル」(浅田次郎)

とりわけ三人の女性たちが魅力的です

「天国までの百マイル」(浅田次郎)
 朝日文庫

バブル崩壊後に破産し、
妻子にも逃げられた安男は、
心臓病で倒れた母の主治医から、
内科治療も限界に近づき、
外科治療も不可能であることを
告げられる。
三人の兄姉が母を見捨てる中、
安男は奇蹟を信じて
母を病院から連れ出す…。

私が取り上げるまでもなく、
売れっ子作家浅田次郎の作品は
多くの読み手を魅了しています。
私は浅田作品に
あまり多くは接してはいませんが、
本作品は好きなものの一つです。

浅田作品に
引かれてしまうのはなぜか?
それは登場人物に
魅せられてしまうからです。
本作中の人物たちも実に魅力的です。
とりわけ3人の女性たちが。

まずは気丈な母親・きぬ江。
4人の子どもを
女手一つで育て上げる。
息子たちから
冷たい態度をとられても
恨み言すら言わない。
自分を忘れてくれることが
子どもたちのためと言い切る。そして
落ちぶれた末っ子・安男の再起を信じて、
自分が生きなければと願うのです。

次に別れた安男の妻・英子。
安男に月30万もの仕送りを
要求することだけから捉えると
悪女のイメージですが、
決してそうではありません。
冷たい態度をとり続ける
安男の兄姉にかわって、
きぬ江の病室を何度も訪れる、
いたって献身的な女性なのです。

そして優しく男を包み込むマリ。
くすんだ男が大好きと言い、
給料のほとんどを仕送りに費やしている
安男の面倒を見る。
男の幸せを願い、それを
自らの幸せと感じることができる。
安男に心底惚れているのに、
安男と英子の
復縁のお膳立てまでしてしまう。
マリア様のような女性です。

この3人の女性をはじめ、
登場人物たちすべてが、
ページから息遣いが聞こえるほど
じっくりと描かれています。
悪人はいません。
みんないい人たちなのです。
いい人たちがみな
人情味溢れる行動をしています。
だから泣けてきてしまうのです。
歳とともに涙腺が緩み
(季節的に花粉からも攻められ)、
ぼろぼろ涙がこぼれてしまいます。

ゴッド・ハンドと呼ばれる医師の登場や
治療費を気にしなくてもよい病院など、
非現実的な要素を多々抱えながらも、
作品が少しも虚構的になりません。

純文学が好きな私ですが、
こうした「泣ける」
エンターテインメント的文学も
大好きです。

(2020.3.4)

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