「源氏物語 紅葉賀」(紫式部)

藤壺・源氏・桐壺帝、三者三様の反応

「源氏物語 紅葉賀」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

「源氏物語」小学館

藤壺は男子を出産する。
源氏との不倫の結果として
生まれた若宮は、
源氏と瓜二つともいえる
美しい顔立ちであった。
子を授かった帝の喜びは
ひとしおであった。
藤壺は罪の意識にさいなまれる。
源氏も宮中で
若宮の顔を見て驚く…。

源氏物語第七帖「紅葉賀」の
読みどころは、
「青海波の舞を舞う源氏の美しさと
それを目にする藤壺の揺れ動く心」、
「五十代の公職の老女官・源の典侍との
源氏・頭中将それぞれの密通の滑稽さ」
など豊富です。
しかし注目すべきは
「若宮誕生とそれに対する
藤壺・源氏・桐壺帝、三者三様の反応」と
いえるでしょう。

藤壺はその罪の大きさにおののきます。
最高権力者である帝を裏切った事実が、
明白に現れたのですから。
しかし、若宮の顔立ちが
源氏とそっくりであったとしても
言い逃れは何とでもできたはずです。
同じ桐壺帝の子である以上、
母は違えど瓜二つになる可能性は
むしろ高いのです。

それでもなお罪悪感を感じてしまうのは
藤壺の清廉な心の表れなのでしょう。
そしてその罪を、
死ぬまで秘密にしようとする姿は、
けなげであるとともに
女性としての強さを感じてしまいます。
開き直るのでもなければ
押しつぶされるのでもない。
清く潔く、かつ凛とした女性像が
そこにあります。

今日のオススメ!

「若宮はお前によく似ている」と
帝から言われた源氏は、
顔色を変えてしまうくらい狼狽します。
彼もまた罪の意識に
駆られているのです。当然です。
父親、それも帝を裏切ったのですから。
でも源氏の場合は不倫の罪そのものを
怖れているのではなく、
事が露見するのを
怖れているに過ぎません。
その証拠に、
すぐにまた浮気の虫がうずき出し、
この帖では事もあろうに
五十代の女性と関係を結びます
(それも興味本位で)。

さて、二人に裏切られた桐壺帝です。
若宮が源氏に似ていることに
疑いを持つどころか、
素直に喜んでさえいます。
「皇子たちあまたあれど、
 そこをのみなむかかるほどより
 明け暮れ見し。
 されば思ひわたさるるにやあらむ、
 いとよくこそおぼえたれ。
 いと小さきほどは、
 みなかくのみあるわざにやあらむ」

(私は子供がたくさんあるが、
 おまえだけをこんなに
 小さい時から毎日見た。
 だから同じように思うのか
 よく似た気がする。
 小さい間は皆こんなものだろうか
          与謝野晶子訳)

気づいていないとすれば
帝は単なる凡庸な男ということに
なるのでしょう。しかし
第一帖「桐壺」で描かれている帝は、
実直で純真であるものの、
決して凡庸な描かれ方は
されていません。

どこにも書かれてはいませんが、
帝はあるいは
気づいていて気づかないふりを
していたのかも知れません。
当時の天皇には、
子をたくさんつくり、
後継を絶やさないことが
求められていました。
生まれてきた若宮が
我が子・源氏の子であっても、
自分の遺伝子を
確実に受け継いだ孫なのです。
目をつぶってもさほど
大きな支障はないと
考えたのかも知れません。
そうであってもその心は
なんと広いことか。
この寛容な心を持った
慈父としての桐壺帝こそ、
作者・紫式部の
意図するところなのでしょう。

凜然とした藤壺、
まだまだ青い源氏、
器の大きな桐壺帝、
この三者三様の人間模様こそ、
本帖で味わうべき肝と考えます。

※「五十代の公職の老女官・
 源の典侍との源氏・頭中将
 それぞれの密通の滑稽さ」にも
 触れたいところですが、
 別の機会に譲ります。

〔前帖〕

〔次帖〕

(2020.3.7)

acworksさんによる写真ACからの写真

【源氏物語】
01 桐壺
02 帚木
03 空蝉
04 夕顔
05 若紫
06 末摘花
07 紅葉賀
08 花宴
09
10 賢木
11 花散里
12 須磨
13 明石
14 澪標
15 蓬生
16 関屋
17 絵合
18 松風
19 薄雲
20 朝顔
21 少女
22 玉鬘
23 初音
24 胡蝶
25
26 常夏
27 篝火
28 野分
29 行幸
30 藤袴
31 真木柱
32 梅枝
33 藤裏葉
34 若菜上
35 若菜下
36 柏木
37 横笛
38 鈴虫
39 夕霧
40 御法
41
00 雲隠
42 匂兵部卿
43 紅梅
44 竹河
45 橋姫
46 椎本
47 総角
48 早蕨
49 宿木
50 東屋
51 浮舟
52 蜻蛉
53 手習
54 夢浮橋

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