時間と空間を超えた深遠なる往復書簡
「藪の中」(芥川龍之介)
(「地獄変・偸盗」)新潮文庫

「藪の中」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集4」)ちくま文庫

芥川がビアスの作品から影響を
受けたのは知られているところです。
そのため、
昨日のビアス「月明かりの道」、
前回の芥川「藪の中」の両作品で、
多くの点で共通項が見られます。
まず、証言者の数です。
ビアスは証言者を3人にしましたが、
芥川は7人です。
しかしはじめの4人
(木樵・法師・放免・真砂の母親)は、
状況を確定させるための役割であり、
重要なのはやはり3人なのです。
次に、証言者の内訳です。どちらも
夫婦の一方が殺されていますが、
生きている方はもちろん、
殺された方も霊媒師の口を借りて
証言しています(洋の東西を問わず
霊媒師が登場しているところを見ると、
やはり霊魂は存在するのでしょうか)。
では、この両者の違いは何か?
証言によって見えてくるものの違いと
いえるでしょう。
「月明かりの道」を見てみましょう。
息子の証言だけでは、
母が殺され、父が失踪するという、
痛ましさと不可解な謎ばかりでした。
しかし夫そして妻が証言するにつれ、
事件の真相が見えてきます。
これはビアスが3人に
真実を語らせているからです。
それによって、月明かりに
かすかに見える夜道のように、
真実が静かに
浮かび上がってくるのです。
ただし、
夫よりも先に妻の寝室に侵入した
「何か」の正体は不明のままです。
そこにビアス特有の「何か」が
存在したのかしないのか。
わからないからこそ、
恐怖だけが残ります。
「藪の中」ではどうか?
前回書いたように、
3人の矛盾する証言により、
真相は「藪の中」に隠されます。
しかし冷静に考えると、
3人が殺人の罪をかぶってまで
隠したかったものを想像すると、
真実はかすかに姿を現してきそうです。
3人の証言から
真実をあぶり出しながらも
謎と恐怖を残したビアス。
一方でそれとは正反対に、
真実を「藪の中」に隠しながらも、
真相に迫る状況証拠を
残しておいた芥川。
同じ手法を用いながら、
まったく逆のアプローチで
自らの作品世界を構築した
二人の曲者作家。
読み比べると、時間と空間を超えた
深遠なる往復書簡を読むような感覚が
わき上がります。
(2020.3.20)

【青空文庫】
「藪の中」(芥川龍之介)