「ウィリアム・ウィルスン」(ポー)

ドッペルゲンガーか、それとも…

「ウィリアム・ウィルスン」
(ポー/渡辺温訳)
(「ポー傑作集」)中公文庫

「ウィリアム・ウィルスン」
(ポー/江戸川乱歩訳)
(「百年文庫017 異」)ポプラ社

「ウィリアム・ウィルソン」
(ポー/巽孝之訳)
(「黒猫・アッシャー家の崩壊」)
 新潮文庫

放蕩の限りをつくす
名門一族の「私」。
「私」の思うがままの振る舞いを
いつも妨げるのは、同姓同名、
誕生日まで同じ同級生、
ウィリアム・ウィルスン。
寄宿生時代のある夜、
「私」は密かに
彼の寝室に忍び込み、
その顔をのぞき込むが…。

ポーの傑作短篇
「ウィリアム・ウィルスン」です。
ポーのゴシック的作品集が編まれると、
「黒猫」「アッシャー家の崩壊」とともに
必ず収録される代表作の一つです。
読み終えたとき、
言い知れぬ恐怖が押し寄せてきます。

〔主要登場人物〕
「私」(ウィリアム・ウィルスン)

…語り手。資産家の息子。
 放蕩と悪行の末、身を滅ぼす。
ウィリアム・ウィルスン
…「私」と同姓同名の同級生。
 ことごとく「私」に反抗する。
ブランズビイ
…「私」が在籍した神学校の校長兼牧師。
 校長と牧師で二面性を見せる。
グレンデイニング
…金持ちの学生。
 「私」のいかさま賭博のカモにされる。
プレストン
…「私」やグレンデイニングの友人。
ディ・ブロリオ侯
…ナポリの貴族。

本作品の味わいどころ①
何から何まで自分とまったく同じ

同名の彼の寝室に忍び込み、
その顔をのぞき込んだ「私」は
いったい何を見たのか?
なんと自分そっくりの顔だったのです。
同姓同名であるウィルスンが、
仕草や口調も自分を真似ていることに
気づいていた「私」でしたが、
よくよく見ると顔までそっくりだった!

大きな衝撃を受けた「私」は、
その日を最後に学校をやめ、
その後、イートン校、
オックスフォード大学へと進学します。

その後もウィルスンは
いつも「私」の前に現れます。
それも「私」が
悪事を働こうとするときに限って。
そしてその計画を
すべて台無しにしてしまうのです。
この神出鬼没な、そして
何から何まで自分とまったく同じ人間の
現れた「私」のいらだちと恐怖を、
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
最後は自分で自分を滅ぼした「私」

「私」とウィルスンの戦争は
いつまで続くのか?
ついにはローマでの仮面舞踏会で、
若くて美しい夫人を
誘惑しようとしたそのとき、
決着がつくのです。
やはり現れたウィルスンを、
「私」は刺し殺します。
「お前が勝った、
 そして俺は降参した。
 だが、今日限りお前も
 やっぱり死んでしまったのだぞ…
 如何にお前が手際よくお前自身を
 刺し殺してしまったかを、
 お前自身に他ならぬ
 この姿でよく見るがいい」

殺したと思った相手はなんと自分自身。
「私」とウィルスンは同一人物なのか、
それともやはり別個の人間なのか?
作中の「私」同様、読み手もまた
暗闇の中に突き落とされるのです。
この予想だにしない衝撃的な結末を、
次にじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
ドッペルゲンガーか、それとも…

一読すると、ドッペルゲンガーを扱った
単なるホラー小説のようにも思えます。
しかし、「私」が「悪」であるならば、
対抗するウィリアム・ウィルスンは
「善」と考えるべきです。
それゆえどこまでも
「私」の邪魔立てをするのです。

別個の二人のウィリアム・ウィルスンが
存在すると考えることもできるし、
ウィルスンは「私」のドッペルゲンガーと
考えることもできます。
そして、そのドッペルゲンガーは
他人も認識できる実体を持っていると
捉えることもできれば、
あくまでも一人の人間の中の心の葛藤、
いや、精神分裂病患者「私」の幻覚と
見なすこともできるのです。

いろいろな読み取りが
可能でありながら、冒頭の一節
「私の場合は、
 すべての善徳というものが
 一瞬間に、まるでマントをでも
 脱ぎすてるように、
 すっぽりと私から
 離れて行ってしまったのである」

ここが一つの鍵となっている
可能性があるでしょう。
「私」とウィルスンの関係性は
どうなのか?
それを考えることこそ、本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと堪能してください。

もしかしたら、私たちはみな心の中に
「善」と「悪」の二人の自分を
持っているのかもしれません。
普通の人間は心の中で上手く折り合いが
ついているのでしょうが、「私」は
心の中の「悪」が肥大化したために、
「善」が精神から分裂し、
敵対するようになったとも
考えられます。

作者ポー自身が、「私」に似た
頽廃的な生活を送っています。
もしかしたらポーもまた、
自らの身体から、「善」の自分が
抜け出ていたのかもしれません。

江戸川乱歩訳となっていますが、
 調べてみると、乱歩はただ
 名義を貸しただけで、
 実際は渡辺温訳です。
 詳しい経緯は中公文庫の
 「ポー傑作集」に記されてあります。
 最近刊行されたこの本は、
 サブタイトルが
 「江戸川乱歩名義訳」となっていて、
 興味深い一冊です。

(2020.3.22)

〔「ポー傑作集」中公文庫〕
黄金虫 渡辺温 訳
モルグ街の殺人 渡辺温 訳
マリイ・ロオジェ事件の謎 渡辺温 訳
窃まれた手紙 渡辺啓助 訳
メヱルストロウム 渡辺啓助 訳
壜の中に見出された手記 渡辺温 訳
長方形の箱 渡辺温 訳
早過ぎた埋葬 渡辺啓助 訳
陥穽と振子 渡辺啓助 訳
赤き死の仮面 渡辺温 訳
黒猫譚 渡辺啓助 訳
跛蛙 渡辺啓助 訳
物言ふ心臓 渡辺温 訳
アッシャア館の崩壊 渡辺啓助 訳
ウィリアム・ウィルスン 渡辺温 訳
 渡辺温 江戸川乱歩
 春寒 谷崎潤一郎
 温と啓助と鴉 渡辺東 著
 解説 浜田雄介

※中公文庫からは以下の2冊も
 刊行されています。

〔「黒猫・アッシャー家の崩壊」〕
黒猫
赤き死の仮面
ライジーア
落とし穴と振り子
ウィリアム・ウィルソン
アッシャー家の崩壊

※新潮文庫からは以下の2冊も
 刊行されています。

〔たくさんあるポーの文庫本〕

〔「百年文庫017 異」〕
人でなしの恋 江戸川乱歩
人間と蛇 ビアス
ウィリアム・ウィルスン ポー

「百年文庫017 異」

〔百年文庫はいかがですか〕

Johannes PlenioによるPixabayからの画像

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