「三億円事件」(一橋文哉)

小説と誤解されうるノンフィクション

「三億円事件」(一橋文哉)新潮文庫

1968年に起きた「三億円事件」は、
多くの謎を残し、
7年後に時効が成立した。
それから約20年、
一枚の焼け焦げた500円札が
「私」を動かした。
取材の末、「私」は
「先生」「ジョー」「ロク」の
三人の男に辿り着く。
「私」はアメリカへと渡り…。

前回取り上げた「初恋」
「三億円事件」をもとにした小説ならば、
こちらはノン・フィクションです。
「ヨシダ」という男から
三億円事件の犯人についての
情報を得た著者が、
30年前の事件の真相を
突き止めようとした記録なのです。

本書の衝撃①
モンタージュ写真には
信憑性がなかった

三億円事件といえばヘルメット姿の
モンタージュ写真が有名です。
しかし、事件に遭遇した行員たちの
記憶が極めて曖昧であり、
犯人と目された人物によく似た
故人の写真から作成されたという事実を
著者は洗い出しています。
こんないい加減なモンタージュ写真が
一人歩きした結果、
膨大な量のガセネタが
捜査機関を混乱させていたのでした。

本書の衝撃②
犯行前に
周到な予備工作が行われていた

事件の半年前から爆破予告の脅迫状が
他の金融機関に届けられ、事件当時、
警察の眼が他の地域に向けられていた
ことが明らかにされています。
三億円事件は突発的に
犯行に及んだものなどではなく、
時間をかけて入念な準備のもとに
実行されたことがよく分かります。

本書の衝撃③
多くの遺留品が逆に
捜査を難しくしていた

乗り捨てられたバイク、レインコート等、
相当数にのぼる遺留品がありながら、
それら全てが購入者を突き止めることの
不可能なものであり、
ただ単に捜査の労力を
増やしただけだったという事実に
驚きました。
もし犯人が
身元の特定されないものに限って
意図的に現場に残したとすれば、
相当な知能犯です。

これまで表面に現れてこなかった事実が
詳細に記録されていて、
読みごたえがありました。そして
ついには真犯人(と思われる人物)へと
取材を試みる場面は、
まさに手に汗を握ってしまいました。
しかし…、読み終えて興奮とともに
疑問も感じざるを得ません。

この取材の原点となった
「ヨシダ」なる人物が
著者に犯人特定の証拠となる
「焼け焦げた五百円札」をもたらした
理由や経緯が
一切説明されていないことや、
真犯人の疑いの濃厚な「先生」なる人物が
事件当時の捜査線上に
現れていたのかいなかったのか
まったく言及されていないことなど、
肝腎な部分での論理的な説明が
成されていないのです。
真実を積み重ねているように見えて、
ところどころに虚構を
織り交ぜている感がぬぐえません。

前回取り上げた「初恋」が
ノンフィクションと見まごうばかりの
小説であるのに対し、
本作品は小説と誤解されうる
ノンフィクションなのです。
どちらが正しいのか?
それは問題ではありません。
どちらも面白いのですから。
「初恋」が
この形で再出版されたのが2002年。
本作品が
この形で文庫化されたのも2002年。
同じ年に出版された二冊です。
二つ併せてお薦めします。

(2020.3.23)

かっちゃんさんによる写真ACからの写真

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