「悪魔が来りて笛を吹く」(横溝正史)

重厚かつ緻密に設計された構築物

「悪魔が来りて笛を吹く」
(横溝正史)角川文庫

死体で発見された椿元子爵は、
実はまだ生きていて、
この家に
復讐しに来るのではないか。
その恐怖に
支配された子爵邸には、
三つの家族の
計十人が暮らしていた。
異様な雰囲気の中、
密室殺人として第一の犠牲者が
命を奪われる…。

横溝正史の大傑作を、
数十年ぶりに再読しました。
二度の映画化、五度のTVドラマ化など、
横溝作品の中でも
極めて人気の高い一作であり、
味わいどころは多々あります。

【事件簿File-010
  「悪魔が来りて笛を吹く」】

〔事件発生〕
昭和22年9月(東京)
〔依頼人〕
椿美禰子
…父親・英輔の自殺の真偽について
 金田一に相談を持ち掛ける。19歳。
〔捜査関係者〕
出川刑事
…警視庁刑事。金田一とともに
 関西方面で調査活動を行う。
沢村刑事
…警視庁刑事。
等々力警部
…警視庁警部。捜査を担当。
磯川警部
…岡山県警警部。金田一との
 書簡のやりとりのみで登場。
〔事件関係者〕
椿英輔
…元子爵。天銀堂事件の容疑者として
 一時拘束されるが、
 アリバイが成立し、釈放。
 その後、自殺。フルート愛好家。
 フルート独奏曲「悪魔が来りて
 笛を吹く」を作曲。
 自演し、レコードを発表。
椿秌子
…英輔の妻。40歳。
 夫・英輔が生きていて、
 復讐をしにくると思い込む。色情症。
 毒殺される。
お種
…椿家の女中。23,4歳。
信乃
…秌子の乳母。
目賀重亮
…秌子の主治医。その実、英輔死後、
 すぐに秌子と内祝言を挙げている。
 52,3歳。
三島東太郎
…英輔の友人の遺児。
 書生として椿家に引き取られる。
 椿家にて財産処分や食料調達に奔走。
 戦争で中指・薬指を失う。
玉虫公丸
…秌子の伯父。元伯爵・元貴族院議員。
 70歳。空襲によって邸宅焼失、
 椿家に移り住む。殺害される。
菊江
…玉虫公丸の小間使いとなっているが、
 実際は妾。明るく屈託がない。
新宮利彦
…秌子の兄。43歳。元子爵。
 臆病で神経質。浪費家で、
 妹・秌子に無心を繰り返す。
 左肩に火焔太鼓状の痣がある。
 殺害される。
新宮華子
…利彦の妻。
新宮一彦
…利彦・華子の息子。美禰子の従兄。
 21歳。英輔のフルートの弟子。
河村辰五郎
…玉虫家別荘に出入りしていた
 植木職人。
河村治雄
…戸籍上は辰五郎の子。
おたま
…辰五郎の最後の妾。
おこま(堀井駒子)
…辰五郎の娘。新宮利彦に犯され、
 子どもを身ごもる。
 出家して尼・妙海と名乗る。
堀井源助
…おこまの夫。
堀井小夜子
…おこまと新宮利彦の子。
 戸籍上は源助の子。
 出征前の治雄と夫婦の契りを交わす。
 治雄出征中に自死を遂げる。
三春園「おかみ」
…かつての玉虫家別荘近隣にある旅館・
 三春園のおかみ。
 金田一・出川の捜査に協力。
おすみ
…三春園女中。
 椿英輔の生前滞在中のことを証言。
〔事件の概要〕
昭和22年1月15日
・天銀堂事件発生。
 宝石店天銀堂にて店員十名が
 毒殺され、宝石が強奪される。
2月20日
・椿英輔、天銀堂事件の容疑者として
 拘束される。
3月1日
・椿英輔失踪。
4月15日
・椿英輔、
 信州山中にて遺体で発見される。
 自殺と断定。
9月28日
・美禰子、金田一に相談。
9月30日
・玉虫公丸、
 椿邸にて何者かに殺害される。
10月3日
・堀井駒子、
 淡路島の草庵にて殺害される。
10月4日
・新宮利彦、
 椿家の温室内で殺害される。
10月10日
・芝増上寺境内にて
 天銀堂事件の容疑者らしき男の
 他殺死体発見。
・鎌倉の別荘にて椿秌子、毒殺される。
10月11日
・金田一、真相解明。犯人服毒自殺。

本作品の味わいどころ①
実在する事件に絡めた設定の見事さ

本作品に描かれる殺人事件は、
本作品発表の三年前(昭和23年)に
実際に起きた
「帝銀事件」に絡められています
(作品中では「天銀堂事件」)。
話題性を狙うために
引き合いに出されたものと思いきや、
読み進めると、
椿邸の殺人事件と密接に
関わっていることが明らかにされます。
殺人犯が天銀堂事件の
モンタージュ写真を巧みに利用したり、
椿子爵を警察に密告して
その容疑者として陥れたり、
さらにはそれによって
自死を決意していた子爵が
死出の旅を延期する結果となったり、
天銀堂事件と椿邸殺人事件の両者は
緻密に結びつけられているのです。
この設定は
他の横溝作品には見られない、
本作品特有の面白さです。
当時の読み手はさぞかし
興奮したことと思われます。
実在する事件に絡めた設定の見事さを、
まずはじっくり味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
没落貴族を扱った人物設定の巧妙さ

華族制度が
昭和22年に廃止されたことにより、
多くの貴族たちが財産を失って
没落していきました。
椿元子爵邸に集う人間は、
椿家に加え、玉虫元伯爵と新宮元子爵の
三家族計十人、
つまり没落貴族一族なのです。
なんとそれぞれが怪しい一面を持ち、
金田一耕助に依頼してきた
椿家の娘・美禰子でさえ
一筋縄でいかない性格を有しています。
登場人物のすべてが怪しい。
それは本作品に限らず、
後期の横溝作品特有の面白さです。

例によって、事件の原因となる
複雑な血縁関係が
明らかになっていきます。
その酸鼻を極める様相に、
凍りつくような戦慄を覚えます。
おそらく、横溝作品でも
一、二位を争うほどのおぞましい
人間関係(親子関係)といえます。
没落貴族を扱った人物設定の巧妙さを、
次にしっかり味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
元子爵が残した悪魔の暗示の秀逸さ

自殺した元子爵が残した
「悪魔の紋章のメモ」、
「フルート独奏曲:
悪魔が来たりて笛を吹く」、
「遺書を挟んだ蔵書:
ウィルヘルム・マイステル」、
そのすべてが「悪魔」つまりは
殺人犯を暗示しているのです。
謎は最後に明かされますが、
横溝の作品構成の精密さに
ただただ驚くばかりです。
元子爵が残した悪魔の暗示の秀逸さこそ
本作品の肝であり、最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと堪能してください。

第一の殺人が密室殺人であること以外、
謎解きの要素は希薄です。
金田一も本事件については
密室殺人のトリックを解いただけで、
天銀堂事件との関連は
ただの推察(警察が裏付け捜査)、
血縁関係の解明は
警察の捜査のたまものであり、
活躍したとは
お世辞にもいえない状況です。
殺されるべき人物がすべて殺害され、
犯人の目的が完遂された後で、
金田一は事件の全容の解明に
たどり着くのです。

INDEX 金田一耕助の事件簿

それでありながら、
読み手は深く大きな読後感を
得ることができるのです。
それほど本作品に書き表された事件は、
重厚かつ緻密に設計された
構築物のごとく聳え立っているのです。
横溝の探偵小説の
一つの頂点ともいえる作品です。
ぜひご賞味ください。

(2020.4.5)

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

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(2025.1.2)

〔本書の装幀について〕
私の本棚には
「悪魔が来たりて笛を吹く」が
計3冊あります。
杉本画伯の装丁画はどれもこれも
素晴らしいものばかりです。

昭和第1版
昭和第2版
昭和第3版

(2020.4.7)

〔追記〕
横溝正史没後40年&生誕120年
記念企画とやらで、
復刻版が登場していました。
表紙は昭和の第3版と
変わらないのですが、
背表紙が現在のデザインで、
艶と光沢のあるタイプの表紙であり、
購入してしまいました。

令和復刻版

現在流通している漢字一文字の
デザインを即刻廃止して、
常に杉本一文画伯装幀表紙のままで
あれば嬉しいのですが、
期間限定にしなければならない
理由があるのでしょうか?

「記念企画」と銘打っているのですが、
消費者に対する意地悪としか
思えません。

(2021.12.20)

〔関連記事:横溝ミステリ金田一〕

「死仮面(オリジナル版)」
「湖泥」
「日時計の中の女」

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