重厚かつ緻密に設計された構築物
「悪魔が来りて笛を吹く」
(横溝正史)角川文庫
死体で発見された椿元子爵は
実はまだ生きていて、この家に
復讐しに来るのではないか。
その恐怖に支配された
子爵邸には、三つの家族の
計十人が暮らしていた。
異様な雰囲気の中、
密室殺人として
第一の犠牲者が命を奪われる…。
横溝正史の大傑作を、
数十年ぶりに再読しました。
二度の映画化、五度のTVドラマ化など、
横溝作品の中でも
極めて人気の高い一作であり、
味わいどころは多々あります。
本作品の味わいどころ①
実在する事件に絡めた設定の見事さ
本作品に描かれる殺人事件は、
本作品発表の3年前(昭和23年)に
実際に起きた「帝銀事件」に
絡められています
(本作品中では「天銀堂事件」)。
話題性を狙うために
引き合いに出されたものと思いきや、
読み進めると、殺人事件と密接に
関わっていることが明らかにされます。
この設定は
他の横溝作品には見られない、
本作品特有の面白さです。
当時の読み手は
さぞかし興奮したことでしょう。
本作品の味わいどころ②
没落貴族を扱った人物設定の巧妙さ
華族制度が
昭和22年に廃止されたことにより、
多くの貴族たちが財産を失って
没落していきました。
元子爵邸に集う人間は、椿家に加え、
玉虫元伯爵と新宮元子爵の
三家族計十人です。
それぞれが怪しい一面を持ち、
金田一耕助に依頼してきた
椿家の娘・美禰子でさえ
一筋縄でいかない性格を有しています。
登場人物の全てが怪しい。
横溝作品特有の面白さです。
本作品の味わいどころ③
泥沼化した人間関係の設定の凄惨さ
例によって、
事件の原因となる複雑な血縁関係が
明らかになっていきます。
その酸鼻を極める様相に、
凍り付くような戦慄を覚えます。
おそらく、横溝作品でも
一二位を争うほどの
おぞましい人間関係といえます。
本作品の味わいどころ④
元子爵が残した悪魔の暗示の秀逸さ
自殺した元子爵が残した
「悪魔の紋章のメモ」
「フルート独奏曲:
悪魔が来たりて笛を吹く」
「遺書を挟んだ蔵書:
ウィルヘルム・マイステル」、
その全てが犯人を暗示しているのです。
謎は最後に明かされますが、
横溝の作品構成の精密さに
ただただ驚くばかりです。
第一の殺人が密室殺人であること以外、
謎解きの面白さはありません。
金田一も本事件については
密室殺人のトリックを解いただけで、
天銀堂事件との関連は
ただの推察(警察が裏付け捜査)、
血縁関係は警察の捜査であり、
活躍したとはお世辞にもいえません。
殺されるべき人物が全て殺害され、
犯人の目的が完遂された後で
金田一は全てを解明できたのです。
それでありながら、
読み手は深く大きな読後感を
得ることができるのです。
それほど本作品に書き表された事件は、
重厚かつ緻密に設計された
構築物のごとく聳え立っているのです。
横溝の探偵小説の
一つの頂点といえる作品です。
※私の本棚には
「悪魔が来りて笛を吹く」が
計3冊あります。
杉本画伯の装丁画はどれもこれも
素晴らしいものばかりです。
(2020.4.19)
〔追記〕
横溝正史没後40年&生誕120年
記念企画とやらで、
復刻版が登場していました。
表紙は昭和の第3版と
変わらないのですが、
背表紙が現在のデザインで、
艶と光沢のあるタイプの表紙であり、
購入してしまいました。
これで4冊目となります。
ところで、
現在流通している漢字一文字の
デザインを即刻廃止して、
常に杉本一文画伯装幀表紙のままで
あれば嬉しいのですが、
期間限定にしなければならない
理由があるのでしょうか?
「記念企画」と銘打っているのですが、
消費者に対する意地悪としか
思えません。
(2021.12.20)
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