
関わりすぎた金田一、動こうとしない金田一。
「雌蛭」(横溝正史)
(「七つの仮面」)角川文庫
金田一が「侵入」した部屋には、
硫酸で顔を焼かれた
男女の死体が転がっていた。
「置き忘れたハンドバッグを
取ってきて欲しい」という
不思議な依頼を、
金田一は受けていたのだ。
目的を果たした金田一だったが、
別の男が訪ねてくる…。
横溝正史の金田一耕助シリーズ、
後期の短篇作品です。
昭和30年代半ばになると
探偵業も暇になってきたのか、
「何でも屋」的な依頼を
引き受けてしまった金田一。
もちろんそこには
殺人事件が絡んでいたのです。
【事件簿File-071「雌蛭」】
〔依頼人〕
「電話の女」
…電話で名前を名乗らず、
ハンドバッグを取りに行くよう
金田一に依頼した女。
※事件捜査依頼ではない
〔捜査関係者〕
唐沢警部補…所轄署警部補。
新井刑事…警視庁捜査一課刑事。
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
多門六平太…金田一の助手的存在。
〔事件関係者〕
立花慎二
…殺害されていた男性。流行作家。
田辺泰子
…立花の別れた妻。
事件以後、消息不明。
立花昌子
…立花の妻。旧姓梅本。
泰子とは学校友達だった。
金田一が「侵入」した部屋の所有者。
「タマミ」の名でホステス経験あり。
梅本繁子
…昌子の妹。
河野健太
…昌子がホステスとして働いていた
バーのバーテンダー。
〔事件の概要〕
事件発生:昭和35年
8月5日
・金田一、電話での依頼を受け、
「梅本」なる人物の部屋に「侵入」、
ハンドバックを確保。
男女二人の死体発見。
死体は硫酸で顔を焼かれていた。
・河野健太、来訪、死体を目にする。
部屋からコンパクトを持ち出す。
8月7日
・金田一、捜査本部に顔出し。
・金田一、
多門より河野健太の情報を得る。
8月16日
・未明、多門からの連絡により、
死体遺棄作業をしていた人物を
等々力警部が身柄確保。
8月18日
・犯人逮捕、事件解決。
本作品の味わいどころ①
「事件」に関わりすぎた金田一
金田一は事件を選り好みする
傾向があったはずです。
面白い事件には首を突っ込むが、
ありきたりの事件には見向きもしない。
それが今回は
「置き忘れたハンドバッグを
とってきてほしい」という、
事件の捜査依頼でも何でもない、
ただの便利屋的要求を
しっかり聞き入れているのです。
電話の声があまりにも
鬼気迫っていたとはいえ、
金田一も丸くなったものです。
しかもその依頼を遂行するために、
金田一は今回、
慣れない「変装」まで行っているのです。
確かに「皺だらけの絣の単衣の着物と
羽織によれよれの袴」という、
金田一の普段の風貌では目立ちすぎて、
直接捜査は困難です。
そのため今回は
「鼠色のズボンに
派手なチェックのアロハ」
「ベレー型のハンチング帽」
「べっ甲縁の眼鏡」という、
らしからぬ服装を披露するのです。
「どう考えても怪しい依頼」を
引き受けたのですから、
変装でもしないと
まずいと思ったのでしょう。
金田一がこのような変装をするのは
珍しいことです
(「華やかな野獣」事件以来ではないか)。
そうして不法侵入罪の危険を冒してまで
依頼人の要望を
実行しようとするのですから、
いささかやりすぎの感があります。
案の定、そこには二つの死体が。
第一発見者となってしまった金田一は、
警察に匿名で通報するのですが、
その一方で現場から勝手に
証拠品(依頼されたハンドバッグ)を
持ち出しているのです。
何食わぬ顔をして捜査に協力する一方、
証拠品持ち出しについては
知らぬふりです。
作中でも述べられているのですが、
本来金田一は事件の外側にいて
事件捜査をする、
いわゆる「安楽椅子探偵」です。
それがこの事件はいきなり渦中に
飛び込んでいるのですから驚きです。
この、
「事件」に関わりすぎた金田一の姿こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
自分で動こうとしない金田一
それだけ深く関わりながら、
後半部分での金田一は
自分で動こうとしません。
かわりに多門六平太なる人物を登場させ
自分の助手として
器用に使いこなしています。
金田一がこのように助手を使って
横着を決め込むのも珍しいことです。
もっともこれは終末において
犯人との格闘場面があるため、
小柄でやせっぽちの金田一では
心許ないと判断した
作者・横溝の判断でしょう。
この、自分で動こうとしない
金田一の(本来の)姿こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
なお今回、
助手として活躍した多門六平太ですが、
「刺激を求める性格」
「前科数犯の男だった」
「殺人事件の嫌疑がかけられていた
ところを金田一に救われた」
「金田一に傾倒している」
「金田一からスリルを味わえる仕事を
提供されるため
触法行為をしなくなった」等の、
彼に関する一連の人物説明は、
「扉の影の女」における
多門修の記述とまったく同一です。
同一人物と思われるのですが、
これはいったいどうしたことか?
「修」から「六平太」と改名したのか、
それとも同一人物ではなく
兄弟か何かの同姓の二人だったのか?
横溝は記憶力の特に優れた作家です。
単純ミスは考えられません。
横溝は作中の人物名を実在の人物から
拝借することが多いのですが、
「多門修」なる名前に対し、
モデルとなった人物から
クレームが来た可能性も考えられます。
この謎解きのできる
「名探偵」がいらっしゃったら、
ぜひご一報ください。
本作品の味わいどころ③
最後は謎を解き明かす金田一
金田一が発見した殺人事件もまた
一癖あります。
硫酸で顔を焼かれた死体、つまり
横溝得意の「顔のない死体」なのです。
これは被害者がいったい誰か
わからないということであり、
そこに謎が隠されているのです。
短篇ゆえ、登場人物(事件関係者)は
きわめて限定的であり、
わずか五名にすぎません。
読み終えれば、被害者と加害者しか
いないことに気づかされます。
最後は金田一がその謎を
見事に解き明かします。
この、途中経過は紆余曲折ありながらも
最後はしっかり探偵としての
役目を果たす金田一の姿こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
いつもとは違った動きをする
金田一で始まり、
最後はいつもどおりの
金田一で終わる本作品、
後期の短篇であり、
注目されることの少ない作品ですが、
しっかりした味わいを持っています。
ぜひご賞味ください。
〔本作品のもう一つの謎〕
「多門六平太」は「多門修」と
同一かどうかも「謎」ですが、
本作品にはもう一つ「謎」があります。
本作品には、
事件発生年は「昭和三十X年」としか
記載されていませんが、
多くの資料では「昭和35年8月」と
判断されています。
これは実は「仮面舞踏会」事件と
重複します。
並行して捜査を行っていた
可能性もあるのですが、
本作品において
容疑者の身柄が確保されたのは
8月15日深夜(16日未明)。
この日は「仮面舞踏会」でも事件が
クライマックスを迎えた一日であり、
完全に重なっています。
だとすれば「雌蛭」事件の発生はいつ?
(2020.4.5)
〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!
ぜひチャンネル登録をお願いいたします!
(2026.6.10)
〔関連記事:金田一耕助シリーズ〕



〔横溝ミステリはいかが〕


【今日のさらにお薦め3作品】



【こんな本はいかがですか】








